当番ノート 第11期
あらゆる種類の緑をしみ込ませたような森があった 豊かな地表を覆う和毛のような苔は 幾星霜も年輪を重ねてきた木々の幹を優しく包み込んでいた 常に霧がたれ込めていたため その色彩の深さと豊かさとをつぶさに知ることは容易ではなかったが 1年の中で限られた時にだけ 緑の天井のわずかな隙間から漏れ出した日の光が森を照らした 幾度も濾過された柔らかな光と森自身が育んできた柔らかさとが 出会い膨らみを増し 地表…
長期滞在者
パリに来て最初の一ヵ月半は毎日語学学校に通った。 分かろうが分かるまいが毎朝3時間。 フランス語に対する免疫力を養うのにはうってつけだった。 日本人ばかりのクラスから始まって、終わる頃には外国人に囲まれて授業を受けていた。 それぞれにとても大切な出会いがあった。 それから音楽院が始まり、パリで暮らす人々との出会いも少しづつ増えて、気がつけば三ヶ月が経過している。 フランス語についてもフランス人につ…
当番ノート 第11期
ちゃらんぽらんな夜を過ごして その次の夜はひとり落ち込んだりしてさ じゃあやめとけばいいのに 夜と また夜と、夜と夜とがさ 床が回転して つぎつぎ場面がかわるお芝居みたいだよ 夜のコンビニで 無数のチュッパチャップスが刺さった、くるくる回る販促台を見ながら そんなことを考えていた なにかを買いに来たつもりだったけど、 忘れてしまっ…
当番ノート 第11期
1992 眇眇たる世界。豊富な言動。無用の尽力。十分な口述。過去は忘れ、未来は推測にすぎない。 今しか見ないあの人。ただ。目覚まし時計のように鳴き、騒音のように吠える。 ぎりぎりのところで理性は復す。 1997 二番目に暗くて静穏で無愛想なあの人は誰よりも沈黙の主張と独自性を有していた。 私はもっぱら、視野を限りなく狭め、誰にも気付かれないように、観察した。それはただの予想に過ぎなかった。 妄想が…
長期滞在者
長らくこのアパートメントの自室に引き籠ってしまった。 そうこうしてるうちに冷たい冬が窓の外を叩き始めて余計に部屋から出づらくなった。 それでもわたしはどうにかキーボードを叩いて新しい景色に出逢いたいと思う。 さて、今回はわたしが今年の夏に出逢った演劇作品についてお話しする。 こどもを対象とした演劇祭“TACT/FEST”で上演された飴屋法水演出の「教室」という作品について。 この作品は、演出家の飴…
当番ノート 第11期
初めて泊りがけで登った山は、赤石山脈の光岳だった。 小学校1年、楽しみにしていた初めての終業式を欠席させられ、両親と山仲間に半ば無理やり連れて行かれた格好だ。 夏休み初日は山の中、という思い出深い数日がスタートしたのである。 当時は寸又峡からの林道は崩落しておらず、車でガタゴト揺られながら登山口まで到着した。 そこから、寝袋とおにぎり・水筒を小さなリュックに入れて、長く続く登りを大人たちに混ざって…
当番ノート 第11期
先日、横浜美術館に横山大観展を見にいった。 描かれた葉の紅葉する緑と黄色の間がとても切なく美しかった。 その腐ってしまいそうな刹那がなんだか懐かしかった。 同館のコレクションにダリの絵があった。 ———————————— 初めて持った画集はサルバドール・ダ…
当番ノート 第11期
ボールペン シャープペン 鉛筆 「書ける」という事は同じでも、伝わる印象に大きな違い。 ちょっと動かす 少し動かす 微妙に動かす 「動かし方」一つにしても人それぞれ捉え方のニュアンスや表現は違う。 僕は最後の微妙というのが、その人が持っている「その人自身の集約された感覚」だと思っています。 宿で一番に気を使うものは何か。一番緊張する事は何か? それは、お客さんがお部屋にいる際にドアを「トントン」と…
当番ノート 第11期
たくさんの路地裏をみました。 あの人は、薄明かりの下の風景が好きでした。 以来、わたしは、 この薄暗い道を奥へと進んだところにも、 エネルギーがあるのだと思うようになりました。 たくさんの笑顔をみました。 その人は、街へ出ては人の顔ばかり撮るのでした。 美しい女性、美しい笑顔、化粧のはげた顔、怒った顔。 時々、体の一部がない人のポートレイト。 以来、わたしは、 笑顔の中にも時折奇妙さを見るようにな…
長期滞在者
10年近く暮らした新宿から、仕事場から5キロ程離れた杉並に引っ越す事にしました。 この記事が出る頃には、荷物の移動だけは終わっていると思うけれど、しばらくの間は大量の荷物に埋もれるような感じで暮らすのかもしれません。だいたい、滅多な事では新宿・四谷の町を出ないぼくにとって、杉並に引っ越すのは結構な大事件で、気分的には「移住」と呼びたいくらいなのです。 とにかく、本の量が半端ないため、この機会にかな…
当番ノート 第11期
夜になると煌びやかなネオンで彩られる町も、昼間は驚くほど閑散としている。夜の間に放たれた下卑た匂い。理性から解放された生き物としての人間の匂い、生臭さ、駆け引き。町を満たしていたそれらが、夜明けとともに静かに辺りに染み込みこんでいく。地面に、建物に、家路に着く人の体と魂の中に。そうやってできた、おりのたまった町。太陽や月よりも人の作った光が似合う町。私の育った町もそうだった。雨のしのつく午後3時。…
長期滞在者
先日、引っ越しの手伝いをすることになった。晴れたり雨が降ったりと、定まらないお天気で、空はどんよりと暗いところもあれば、光が射して眩しいところもあった。平べったいアーチの虹がふたつ浮かんでいて、はっきりと虹の出ているところがみえた。子どものころ、虹のふもとには宝物が眠っていると聞いたことがある。だけど、虹は自分がいる場所によって見えたり見えなかったりするし、動いたら出ている場所だって変わるじゃな…