長期滞在者
  
  
  小説を読みながら、音楽を聞きながら、映画を見ながら、「まるで自分のための作品のようだ」と感じる瞬間がある。 特に孤独を感じているような時、そんな作品に出合うと、固く閉ざされていた扉が開いたような気持ちになる。見つけたのは自分なのに、世界のほうが見つけてくれたような気持ちになる。 スペインのブロガー、マイク・ライトウッドさんが書いた小説『ぼくを燃やす炎』は、多くのLGBTにとってそんな気持ちを与えて…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  結婚を控えていた時期、母にぽんと小さな箱を渡された。 「これから必要になるかもしれないから」 中にはパールのイヤリングが2つ揃って入っていた。 正直、安っぽいその箱と、なんとなく軽い輝き。 それを見て、わたしは直感的に「イミテーションっぽいな」と思ったが伝えなかった。 しかもそのパールはイヤリングのパーツが付いている。 わたしはピアスホールがあるし、イヤリングは耳たぶを挟むので長時間つけると痛い。…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  夏が終わる匂いがした。 通り雨に泣いたアスファルト、信号が青に変わる。 私は探し物をしながら歩く。散歩でも、駅までの道も。いつも、少し見上げながら歩く。 田舎で育ったせいか、ひとごみが苦手だった。 すれ違うひと、ひと、ひと、ひと。目に飛び込んでくるひと、背景を連想してしまう、情報の塊が蠢くようで、都会の駅が怖かった。 目を合わせない、顔を見ない。戸を立てるようにして、今では駅でも揺らがない。それで…
        
  
  
    
  
  
    
    
ギャラリー・カラバコ
  
  
  この鍵が届くようになって3回目。 今日も満月の夜だ。 真上から照らされて、わたしには影がない。 影は、わたしをどこかに結びつける役割をしていたのかもしれない、と思う。 ギャラリーの扉を開く。 〈前回までの展示〉 『縫い目』 『つむじ』 — 「鏡」 絵: 古林希望 文: カマウチヒデキ ーーーー 共通のタイトルだけを手がかりに2人の作家が絵と小説を別々に制作し、掛け合わせていく企画「ギャラリー・カラ…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  あなたは「踊り念仏」と聞いて、なにを思い浮かべるでしょう? 踊り・念仏の結びつきを即座に語れる方は少ないかもしれません。でも、「口からなにか出しているお坊さんの木像を教科書で見たことない?」とでも加えると、「ああ、あれか」と記憶に結ぶ方は意外と多くいます。それは空也という平安中期のお坊さんで、前回ご紹介した六斎念仏をはじめとした踊り念仏の創始者とされています。口から出ているのは6体の阿弥陀仏で、空…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  しばらく会っていないあいだに、友達が革命家になっていた。 自身に起きたある腹だたしい仕打ちと、彼女や私たちの周りをもやのように取り巻く理不尽な空気に対して、彼女はきわめてはっきりと怒っていた。そして、その火を絶やさないことを生き方として選択したらしい。最近できたという新しい恋人に、付き合う前に「私革命家だけど、あなた革命家と付き合う覚悟あんの?」とかさらりと言ってのけたりして、しびれる。 ところで…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  じゅう・りょく【重力】 ①地球上の物体に下向きに働いて重さの原因になる力。  地球との間に働く万有引力と、  地球自転による遠心力との合力。 ②万有引力に同じ。 ふう・せん【風船】 ①気球。軽気球。 ②紙またはゴム球の中に空気・ヘリウムなどを入れて、  それを手でついたり空中へ飛ばしたりする玩具。 -『広辞苑 第七版』より抜粋 - 風に舞うコンビニの袋 私は昔から、それを見ると 目が離せなくなる。…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  iTunesの中に、膨大な量の音声データがある。 それは何年も欠かさず毎月集まっていた仲間たちの、カラオケ音源だ。 友だちはみんな結構な年下だったけれど、わたしたちはバカみたいにはしゃいで、友だちのひとりが「おもしろいからとっておきたい」と録音をはじめた。 マメなその友だちは録った音をアルバム形式にしてみんなに配った。 ジャケットにみんなで録ったプリクラまで設定してくれた。 はじけるような笑顔を遠…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  花のある暮らしがしたかった。 なくても生きていけるけど、あっても生きていけるじゃないか。 実家は宮崎にあって、庭には花が咲いていた。でもそれは私のために囲える花じゃなくて、これからもずっと庭に咲き続ける花だった。何より、私のために摘むという発想がなかった。 高校を卒業して京都に移り、住んだのはそれはそれは古い学生寮。建て直しのために、もう跡形もないけれど、トラックが隣を通れば地震のようにコトコト揺…
        
  
  
    
  
  
    
    
長期滞在者
  
  
  このアパートメントでの連載でlynch.の曲で言葉を巡らせるのは2回目である。 2016年1月16日に公開した「EVOKE」。 この文章を書き上げた時、私はとても怖かった。公開まで怯えていた。 果たしてこの想いが伝わるだろうか?  たった1人にだけ、事前に読んでもらった。 「どう思う?」と尋ねる私に友人の彼はすぐにこう言った。 「大丈夫ですよ。これは伝わりますよ」と。 そうして公開した記事は、多く…
        
  
  
    
  
  
    
    
長期滞在者
  
  
  夜、港に近い工業地帯を自転車走行中、地べたに羽を広げて貼りついていたアオスジアゲハの真上を轢いてしまった。 ライトで視界に入ったときにはもう避けられなかった。 むごいことをしてしまったと、引き返してみたら、蝶形に広がったゴムカスの上に青い紙くずがへばりついていただけだった。 ・・・・・・ アオスジアゲハが好きだ。 ジャコウアゲハ等クロアゲハ系も好きだが、なぜかよく見かけるし、しかも死に際によく会う…
        
  
  
    
  
  
    
    
当番ノート 第40期
  
  
  滋賀県にある朽木古屋集落は都市圏より涼しい土地柄です。京都まで車で1時間ほどの地点にありますが、気温にして5℃は京都や大阪と比して低いように思えます。標高差もありますが、1200年ほど前より若狭から京へと海産物を運び、文化を形づくってきた鯖街道沿いに清流が流れていることもその要因かもしれません。 気候や降水量、生態系など土地の条件によって、なにを生業とし、どのような生活が営まれるかは異なります。そ…