ネオン

いとでんわ 第2期(2011年12月-2012年1月)

寒い夜の深夜。
いつも行くバーの窓から、少ないが味わい深いネオンを眺めつつお酒をちびちびと飲みながら「大人になってよかったこと」を考えた。

ゆらゆらと支え合いながら歩く老夫婦。チェーンに足を引っ掛け転ぶサラリーマン。笑いながら楽しそうに固まって歩く人々。
こんな深夜に街を歩く人は大人だけで、子どもは寝ている(はず)時間。まずそのことがいい。トイ・ストーリーのおもちゃたちのよう。

仕事が終わってひとり飲むことや、ろうそくの火に癒されること。寂しいなと思うこと。それをなんとかこなすこと。

そして大人ならではの、子どもにはない蓄積された感受性のようなものはいいなと思う。
たとえば「楽しい」ひとつにしても「昨日いろいろあって、ものすごく疲れているけど、いまちょっとだけふふと笑った」ことが「楽しい」に収納される。
「寂しい」や「嬉しい」などの感情も、なんにせよ「でも」の部分があって「いろんなことがあるけれど私は元気です」ということになるのだろう。

スーパーで、赤ちゃんをぎゅうっと抱く若いお母さんを見ていても「子どもはいいな」じゃなく「大人はいいね」と思う。
生きていくために必要なそれぞれを与えられるのも、大人しかできないこと。

夜にひとりで映画を観て、まちがえて朝になり眼の下にくまを作ったけれど仕事をこなすこと、甘えられない大人の切なさ。覚悟をするということ。
小さい頃大好きだった「ネバーエンディングストーリー」のファルコンに顔が似ているねと言われたりすること。(少し違うけれど)
たまに格好をつけて、いいところにご飯を食べに行けること。
突然、どこか遠くに出かけられること。
美しいものへの見方の変化。

さまざまな人と会い、きっといろいろ大変だよね、でもいいねと思う。その人の年輪のようなものを想像する。どんなことを乗り越えてきたのだろう。

魔女見習いのキキは、宅配の仕事をこなしトンボと淡い恋をして、おばあちゃんの孫の言葉に傷つきながら、魔女になる前にひとりの女性になるために日常を重ねる。
そのことが、とても尊いことだと気づくのは大人(魔女)になってから。

そんな当たり前のことを考えながら、飲みたりなくて、ひとりでもう1軒。ぶらぶらと歩き、夜をしみじみと味わった。
これからまた歳を重ねる。味わい深い大人になりたいなと思う。

少ないが味わい深いネオンは、少ないがゆえに、そのなかに紛れさせてくれることをしない。
だから、道のまんなかを歩く。

最後までお読みくださってありがとうございます。