パートナー

第4期(2012年8月-9月)


 
 
 
相方。と、彼女は僕のことをいう。人様の前で私のことを紹介する時などは「相方の蒔山です」と、僕のことをいう。結婚や籍を入れる選択肢を互いに必要としていないのだから、旦那でもなし、夫でもなし、配偶の人でもあるまいし、しかしまた彼氏でもなければ、ダーリンでもない。僕がそもそもそんな柄ではない。そういったことで、きっと相方と、こういうことになったのだと思う。
 
 
「それでは、君と僕は、芸でも一緒にできるようになろうか」
「そういうことではないのよ」
「ふむ。相棒ではないのかね」
「それでは逃げても逃げられる気はしないし、捕まえるにも取逃してしまうでしょう」
「なにかこう相方と謂われても、あやふやのような感じがないでもないし、けれども君が相方なのだというのだから仕方がないね」
「他に言い様が見付からないのよ。相方でいいのではないかしら」
 
 
どこかこう彼女は、とらわれないというような人でもあるし、眈々と着々としているようで奔放でもある。大胆の影に臆病を思っていたり、繊細かと思えばそれだけに耽溺してしまうということでもない。強く自己を主張するということに要らぬ執着もない。
私が至ってどうにも仕様の無い人だから、彼女は本心を打ち明けないのかしらと思ったこともあるが、そういうことでも無いらしい。
 
しかし男は如何なる端くれであっても、いつまでも雲湖珍々のクソガキ君の大きくなった「俺」であるから、女心というのを掴んだ風で、まるで解ってはいないということがある。雲の形を真に受けて、水の溜まりに立つ波や飛沫にワクワクして、珍しいのやお宝などやに一喜一憂、悲喜交々の僕チャンなのである、少なくとも僕などは。例えば煙草をくわえてなにか珈琲と、或いは酒や夜を愛し、雑踏より裏路地で、晴れの日より雨に、そしてもちろん傘を差さないほうがいいだろうなどと、やっていそうな印象を持たれる向きもあるが、事実はもっと情けない。
空を見ていると刻々と雲の形が変わって行くし、足元には見事な枯れ葉があったり、樹も風と何やら語り合っている。光と影はいつだって、もうその時しかないのだからと、自分の呼吸をするのも忘れて「ああ見つけた」と、写真を撮ったを果たした挙句、用を足すのを我慢し過ぎていて若干失禁、最早ハルンケアが必要ではなかろうかと、うな垂れる、そんな僕が本当である。
 
 
「さて君。相方というのは、どういう意味なのかね」
「どうでしょう。パートナーというように考えるのが妥当なのではと思うけれど」
「パートナーというのは、ニュアンスはわかるさ」
「堅苦しく考える必要は、ないのよ」
 
 
もう十年にもなるが、僕は暫く閉鎖病棟に収監されていたことがある。躁と鬱が酷くなり、それを療法しようと投薬の過剰には悪循環がつきまとう。なにかに持ちこたえなければ余程におかしくなってしまうと足掻く、そうして毎夜の酒の色々に、ワインの二本か三本を一晩に飲む。そういった逆効果も手伝って、いっそ自分を断ってしまおうと強烈な衝動は荒ぶる。つまりはそこに収監されるより仕方がなかった。そういうことが何度かあった。気付くと拘束具の中に私がいて、記憶はないのにどこか傷をして包帯のあちこちから血が滲んでいる。動けないものだから眼だけが僕の自由である。だのに、鉄格子の小さな窓の向うには電線が頼り無く揺れていて、点滴と何かを抜くためのチューブが私の体に付いていて、どうにもならない。歩くまでには相応の日数もかかる。そういうことを繰り返す何年かがあった。随分多くの大切な人を悲しませ、失いもしたし、取り返しのつかないことでもあった。人のこころを傷つけた分、自分の命は当然に相当以上の苛みに直面してゆくことになる。

その閉鎖病棟に、手紙が届く。日毎に。青い封筒で、英語の筆記体のような線の読みやすい筆跡で。紙からは微かに花を握りつぶしたような切なくさせる香りがした。閉鎖病棟に居る男に、そしてその時はお互い違う町に遠く住んでいたのだから、どんな気持ちで彼女は、私に手紙を書いて寄越してくれていたのかと思う。

彼女はアンティークの修理人である。壊れたものを直す人。捨てられるものを立ち返らせる。古いものを、愛されるべきものを無下にはしない。そういうことを生業としてきた人だった。
家具にも個性があり、命があると思う、家具への愛も。愛着される家具とはまた、尽きなければならない個性や命というものを愛されるが故に持っているのだろう。
 
 
何年かが経った。
 
お互いに生きた街を離れ、この街で、彼女と僕は暮らすようになった。
当初は減薬から始まり、入院こそしなかったものの、僕の厳しい状況はあった。

記憶する装置、記録される装置。或いは自分の姿が映るもの。そういうものに言い様の無い嫌悪を超えた憎悪を抱く、つまりは自分が許せないからなのだと思う。鏡が嫌であった。ある日、馬鹿をやって自分を見失いそれを拳で割る。映画の場面のように鏡は簡単には砕けない。指の肉が裂け骨が見えて、そうして鏡というのは割れていく、自分の姿とともに。その時すでに僕は右手を潰してしまっているわけで、右手はもうスティックを握れまい、ドラムは叩けまいと、傷の痛みより朦朧の中に、絶望の深刻の力の中に引き込まれた気がする。
 
 
「あのね、おかしいのよ」
「何がだい」
「あの時、あなたは私に、ものを投げたのよ」
「ん、何を」
「じゃがいもをね、最初は投げたの」
「そんなことを、したのかい」
「もう血まみれでね、玄関から出ていこうとするから、私は止めたのよ」
「済まん、記憶がないんだ」
「それでね、ここから出ていくと言い張って、最後にはね」
「・・・」
「かぼちゃをひとつ、投げたのよ」
「かぼちゃ、を」
「そう。玄関に置いてある、まずはじゃがいもをひとつずつ、全部。そして、かぼちゃをひとつ」
「君に怪我はなかったのかい」
「かぼちゃをね、私はよけたのよ」
「思い出せないな」
「かぼちゃを投げて、いけないことをしてしまったと思ったのか、気が済んだのか、あなたは気を失ってしまったわ」
「どうしてそうなんなことを、僕は」
「一度、玄関から飛び出したの。どうしても外に行きたかったみたい。追いかけてお家の中に連れ戻したから、どうして行かせてくれないんだと、それで玄関で、そこにあったじゃがいもとかぼちゃが飛んできたのね、きっと。割れた鏡やいろいろを片付けて、あなたが通った壁、外の廊下の壁も全部血を拭いたのよ。通報されてはいけないし」
「・・・」
「止血をして、そのあとすぐに病院に連れていったけれど、覚えてないでしょう」
「覚えていないよ」
「病院で帰されたのよ。怪我の本人がこれじゃ、いま処置してもダメだから、明日来いと、今日でも明日でも、どのみち治りは変わらないって、先生が怒ってたもの」
「そうだったのかい」
「次の日に行ったのは覚えているでしょう」
「ああ、それはね、欠損したところは皮をひっぱられながら、縫われたんだった」
「そうね」

それから彼女は涙を滲ませ、泣いた。

「大事な靴が何足かと、私の一番大切なブーツ。ダメになってしまった」
「血でこんなに、汚してしまったのか」
 
 
彼女は一番大切なブーツを、袋に入れて処分の場所に出してしまった。
僕はそれをすぐに取りに行き、一番腕がいいという染み抜き屋さんを探した。
店主に事情を説明すると「私も妻に同じ様な思いをさせてしまったことがあります」と、難儀な頼みを引き受けてくれた。

数日後、二人でブーツを取りに行った。証拠のようにかすかな滲みだけ残り、僕がつけてしまった酷い血痕は無くなっていた。
彼女が少し微笑んで、彼女は僕の左手をつないで、歩いた。
冷えた寒い日で、僕は右手が傷に痛くて眩暈がするほどだった。彼女のつないでくれた左手は、優しくあたたかかった。
 
 
時に、気絶した私を担いで救急病院に運び込んだり、或いは酷い腰痛で杖でも歩けない時、膝を故障させて動けない時、子供の頃から怪我が多く何度も頭をぶつけているせいもあるのか、片頭痛で立ち上がれない時にも、この細い人はあきらめないで、何度も僕を担いで歩いてきた。

こうして右手を、人さし指の神経を失って、中指と小指の付け根も裂傷し、二十数針を縫ったのだと記憶している。反省もしたが、あきらめたくはなかった。
様々を考えた末、僕は、はじめて自分のカメラを手にした。神経の切れて感触のない、曲がらない人さし指でもシャッターを切れば、きっと少しずつ、何かが、どこかが、よくなるのだと信じて。
  
あれから二年よりもっと、日々は過ぎた。
 
 
きのうも彼女と僕は写真を撮りに行った。街を見渡せる丘の上に。
いつだって、地点、までは一緒に行くが
そこから先は互いの領域があって、気がついたらお互いの姿がすぐ側には見当たらない、そういうことが楽しくもある。
 
 
何を見つけたのだろう。
そうやって、パートナーは、そっと手をつないで歩く。
帰り道を。
向かう先への道を。
今まで相方と歩いてきた沢山の道々の様々をぎゅっと。