一切を無言で。

第4期(2012年8月-9月)

   
 
その月は心が渇いて仕方がなかった

霧雨が降る時が幾日かあり時折に上を向いて口を開けてみる
空気の中に滲んでいる私の心の中にはない潤いを
それを胸に吸い込むと少しは
きっと救われるのかも知れないと勝手をしてみたら
なおさら渇いていって仕舞う

潤すものはどうやら水分のように滞留し漂い
上から下に或いはその逆に行ったり来りをするような不確定の先生の様でもあるが
決定的に必要とされる要素でもないらしい
渇くというこの厄介は凪の下の底荒れのように焦燥され燻るに根強い
去れども「私はこうなのだ」という意志的など渇いて心情に見付からない

私の中に在って、不在の方向に向かおうとするもの
これは、気分や感情に支配されることなのか
分析の後先は知らないけれど
単純には習慣の方が主因を担い
思いの生まれるや歪むことに原因を煩う

知らぬ存ぜぬと漂い放埒しても渇くものは渇く
それより仕方のない社会とは別縁とも思える個人の領域の我侭な
言葉にならぬことが想いを捉えて仕方のないそういう時がある
決して生とは別ではないところの
寄り添うより仕方のない決定的に漠然とした何か
 
 
私の中の何が涸渇するのか。
 
 
 
わからぬ。
 
釣り人は水の魚のあるところにゆくし
旅好きは当て途に行き帰り褒貶し
夢の人は上の空よりまだ夢の最中の日々の渦中にいる
  
 
 
私はどうか。
唯々時々野営に出掛け、涸渇に不在をした記憶を持ちたい。
 
風と雲がやっていることに明日を予感し
夕餉にその日の一番の星を探し
時に限りのないと思える夜にそれでも限りなく頷き
闇と静寂の中にあらゆる気配を感じ
眠れたり眠れなかったりして朝はくる
 
 
其処に泊って、向こうが話しかけてくるのを待てば
やがて、向こうから尋ねられる
 
 
一切を無言で。 
 
 
 
こうなのだったと告白したい。
そう在るべきかと迷いたい。
どう在るべきかと馬鹿馬鹿しくされたい。
 
 
見えなければどうかと、閉じる。眼を
聞こえなければどうかと、塞ぐ。耳を
指が、足が。感覚の器官と知覚の機能とや
様々が私から失われたら、どういうことかと思う
こころ、は
 
 
 
朝靄の空気に滲んだ私の心の中にはない潤いのそれを
一切の無言をそのままに胸に吸い込んで
 
 
 
 
一切を無言で。
 
 
あてのない生き方や考え方、やり方は、倫理的に不徳であるのかも知れない
道徳の中に不道徳が根付いているのか、またはその逆なのか
ただそれらは混沌としていて、その判断すら必要としていないのかも知れない
しかし、その中で存在するが故に
何かを必要としていたことは不道徳であるとは思えない