猛禽ひとつ

第4期(2012年8月-9月)

 
栗色の斑毛
猛禽ひとつ
木陰の水場の手摺に。微動だにせず
おまえが
凝視しているのは
開かれた斜面に広がる 無数の花。

無言の 姿の
役割を果たすために。風の中から
現れ。欲して
鳴きもせず咽を嗄らし 気付かない
苛立ちもせず。
 
 
羅針を持たない放縦と
尾の方舵の器用は
羽搏きせずに飛ぶ狡黠を好んだ。
その唇は鉤の喙で
おまえの寝所は班渓の滝を見下ろす岩の 縦割れに隆起した
崩れない上に堂々と見隠しされた安穏の砦。
おまえはその塞ぎから来た。
あの日のおまえの両の眸には
彼方が
近しく思え
砦に帰るための道標を 目印を
付けず舞い上がる。眩しさを纏つた
湿つて上昇する気流に流され
聲も忘れ おまえは抱かれた。
砦は山中に遠退いた。
 
 
花の斜面が
山を遥か後方に
陸を背に 海に向かって開かれている。その
中程の
木陰の
水場の
手摺に
明け方 誰にも知られず降りてきて
昼迄 だまつて居る。
我を
忘れ
凝視する
斜面に広がる無数の花の色に
血と肉のことを懷ひながら
ひとつの
オブジエの役割を果たせばいい。
見守る
超然の眷族の末裔として。
 
 
両翼を滾らせ 趾と喙の威力を隠し
騎乗してゆく天空の気高き鳥の輪郭を
捨て
ひとつの点となり 眩暈を誘う
おまえはただの鳶
 
 
毎日
陽が傾き出すと砦を探す。

花の斜面から離れた 風待ちの高台。
気紛れに吹き上げる気流に おまえは砦への気配を見つけた。
 
 
上空では風が唸っていて
軈て——おまえは消えた。
鈍色の原野の漠然たる一帯の
風に洗われた あらゆる影の中に潜む
獲物について

それすら語らずに。
  
おまえの消えた此の丘の上から見える稜線の
向うから 鉄路の汽笛が
おまえの砦まで聞こえたら

おまえの聲を
聞かせてやるがいい。

おまえの砦の下に咲く 野生の澹色の
山紫陽花達に。盲虻と滑羅蛇とに。
やがて獲物となる
あらゆる気配達に。
屈強な岩盤に響かせ
滝の落ちる尽きない水音の
その揮灑を透き通らせ。

おまえの姿を
見せることなく。