足元の羽根に気付く

第5期(2012年10月-11月)

うたがうたえるひとが好きだ。

わたしはうたがうたえない。

わたしもいつか、うたうための手と耳がほしい。

羽根を毟ってしまうのは、いつも自分だった。

飛びたい、囀りたい、虹がみたい、誰よりも傍で君を聴きたい。

夢は欲で、近くて遠い白と黒。

羽根をひろげようと懸命になることは、毟るほどに羽根を失うのと同じだった。

うたうのに必要なのは、声じゃない。

伸ばしたい手と、うずめたい耳。

鳥はきっと、飛び立つ前にゆめをみて 囀る前に聴いている。

高く伸ばそうとする手は響くように鳴るのだと思うし、地面に押し当てる耳は音を知るから。

文章を書くことが、どんどんとできなくなっている。

このアパートメントの記事を書く事になって、僕は丸二日と半日山の様に文章を書いた。

ノートパソコンを膝にのせて、iPhoneを傍に。
でも、結局手に持っているのはノートとシャープペンシルだったりする。

かと思えば、結局は今、iPhoneで打っている。

浮かんでくる言葉を捕まえる時、必要な道具はその時その時違ってくる。

速さと大きさ、質量と熱量、存在の明度に因る。

キーを打ち込んでいると、少し向こうに、ふわっと湧くはやさの言葉を見つける。

単語が飛んで、比喩が落ちる。言葉の持つ運動性を図で示す。
あちこちと同時に濫立して行き交う。

ペンで点を孕む。

それを未熟な胚のまま、割って孵すようなことをする。

僕は、何か一つの事を考え込むと、その答えはだいたいいつもわからないで、一旦引き出しにしまう羽目になる。

代わりに、それまでに同じようにしてしまっておいた引き出しが勝手に飛び出して、中身が落っこちてくる事がある。

去年無くしたハンカチみたいに、もう探していなかったさがしもの。

僕の考えること、書きたい文章はそんな風なところがあって、基本的にはちゃめちゃだ。

文章を書くのは好きなのに、僕の文章は、書こうとする僕の思うようには燃えてくれない。

破片だけは降り積もる。

それがひどくもどかしい。

僕はうたがうたえない。

僕は自分のうたをうたおうと必死になって、自分の音だけを聞こうとして、手で耳を塞いでしまっているのかもしれない。
触れられないように檻に住み、うたうつもりで耳をふさいで鳴いていた。

足元があたたかいのに気付く。

二日半毟り続けた羽根が足元につもっているのに気付いて、ひとまず手をおろすことにした。

まだ、持ち上げる気力がない。

やり場のない両手をどうしよう。

このアパートメントの部屋を出る頃まには、少し高くのばせるといいなと思う。

知らない音を知れたらいいなと思う。

ふたつの歌をうたいたいと思ってここへ来た。

うそと本当を、ふたつ同時にうたい始めます。

どうぞよろしくお願いします。