宇宙のすすめ

第11期(2013年10月-11月)

宇宙は文字通り、星の数ほどある銀河で溢れています。

天の川

唐突ですが、

“宇宙人は居るのだろうか”

こんなことを考えた経験はありませんか?今までの人生で宇宙人について思いをめぐらせたことがない人は、まず居ないだろうと思います。そういう人はおそらく本人が他でもない地球外生命体だからでしょう(笑)。 僕も宇宙人のことを考えるのは好きですが、実際のところ宇宙には僕ら以外にも果たして生命体が存在しているのでしょうか?

数日前の2013年9月26日、お隣の惑星を探査している火星探査機キュリオシティが火星にも微量ながら水が存在することを報告してきました。残念ながら生命活動の痕跡となるメタンについては検出されなかったようですが、この観測事実は僕にとって地球外生命体の存在を小さくも期待させてくれるものとなりました。もちろん「宇宙戦争(著: H.G.ウェルズ)」に登場した軟体火星人をまだまだ期待したい気持ちは多分にありますが、それは流石に難しい、でしょう…。

もしも太陽系惑星の2つに生命が発生していたとなれば、系外惑星(太陽系以外の惑星)にも生命が存在する可能性は極めて高くなります。NASAが宇宙人の存在を発表する時期も近いかも知れません!僕は宇宙人地球滞在説には懐疑的ですが、そんな訳もあって、火星に生命の痕跡または生命が存在する証拠が見つかって欲しい気持ちが強い今日この頃です。火星移住希望者応募、しかもロケットは片道のみ、へ16万人以上もの申し込みがあったというニュースには驚かされました。

原子兵器禁止を求めるストックホルム・アピールが採択がされた1950年、物理学者フェルミは“宇宙は広大なのだから地球以外にも生命が存在するはずだ。にも関わらず彼らが地球にやって来た痕跡がないのは何故なんだろう?”と考え「フェルミのパラドックス」と呼ばれる矛盾を発しました。

大きく言って3つの解釈があり、
1. 既に宇宙人は地球に到達している(いた)。
2. 宇宙人は存在しているけれど、まだ地球には(意図的に)到達していない(したいが出来ない)。
3. 我々地球以外に生命体はない。
といったようなモデルが導き出されています。

よくよく見ても当たり前の考察で誰でも考えつきそうですが、それらを体系的にフェルミが問題提起したことが重要で、のちの「宇宙生物学」という分野の発生にも貢献した重要な問いだといえます。今日の宇宙物理学者や宇宙生物学者たちは、“無限に広がる宇宙に地球人しか見当たらないはずがない!”と、真剣に研究し議論している訳ですから、世界はまだまだ面白いことだらけ、捨てたものではありません。 

おうし座周辺

ある日、僕も同じようにぼんやりと宇宙人のことを考えていた際、自分の内に妙な感覚が沸いて出てきたのを覚えています。

“もしかしたら宇宙が自らの意思で人間を生み出したのではないか?”

宇宙空間に宇宙を認知するもの(≒知的生命)が何も存在しないのでは意味がない、と淋しく思った宇宙自身が人間を作ったのではないかという想像です。確かに、現在までに発見され正しいだろうとされている自然法則や物理定数は、人間が発生するためにあったかのように絶妙なバランスで成り立っているのです。このような考えを「人間原理」というらしいですが、非常に興味深い考え方ですね。

逆を返せば、この原理の上に人間は存在しているので、その枠外の事象を認知することが出来ないとも言えるようです。つまり、人間がつくり出した法則の中にしか宇宙を説明できないので、高次元空間や宇宙の始まり、暗黒物質が何なのかを説明する理論を未だに発見・構築するに至っていない理由もそれだという訳です。人間の想像の限界、と言えるかも知れません。

しかし、この人間の脳が説明する宇宙は、更に言い換えれば人間が存在している間はその構造を何度でも描きなおすことが可能で変幻自在であるとも言えます。その昔、蛇・亀・象の上に大地が乗っていると考えられていた時代から、宇宙の中心であった天動説の時代を経て地動説を受け入れている現代まで、途切れることなく人間の脳は「宇宙」というものを説明(想像)し続けているのです。それまで真理だと疑わなかった法則・理論が180度覆されても、最新科学をもってさえ解明不可能なことばかりでも、人間は挫けず柔軟に脈々と宇宙を捉えようとしています。これは凄いことだと思います。

「宇宙の果てが観測できなくても、それを想像できる人間の脳は偉大である」と、ある物理学者が残しています。
同じく、宇宙人は居るのか判らないけれど、それを想像できる人間の脳も素晴らしいと僕は思います。

宇宙を想像することを止めたら宇宙そのものが無へと回帰し、宇宙を認知できる地球生命の存在が抹消されてしまう、そんな危うい空間世界に僕らが存在していると考えるのは極端なのかも知れません。ただ、自らを知的生命体と呼ぶのであれば、その科学力で自らの存在を葬り去るような馬鹿な真似はくれぐれもしないでもらいたいものです。全然「知的」と呼べませんからね。もしかしたら地球を目指して宇宙人がやってきているかも知れないのですから、そんな彼らに地球という星を観光してもらえる日が来るまで、真っ当な文明社会を続けて地球を地球として残してゆくのが地球人の務めなのではないでしょうか。

こんな風に宇宙を考えていると、自分がここにいることにも素直に納得がいったりするのです。

水曜日の当番ノートだけ詰まらない、ということは避けたいのですが、どうなりますことやら。初っ端から取り付き難いテーマを選んでしまいましたが、誘い水程度の興味と想像の種を与えるお手伝いができたら幸いです。

これから2ヶ月間のお付き合い、どうぞよろしくお願いします。

02/10/2013 Masa Nakao