フィンランドのディアボロの大会に行った話

第19期(2015年2月-3月)

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▲森と湖。

寒いので冬の話を書きたかった。
しかしあんまり最近冬の空気の中で面白いことをしていないのだ。
それで、もうしばらく前のことになるが、冬っぽい澄んだ空気を擁した、夏のフィンランドの思い出を載せようと思う。
昔書いたものに大幅に加筆、修正したものです。

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2012年の夏に、フィンランドのディアボロ大会に行ってきた。
日本にいるときはフィンランドの大会に行くなどということは考えもしなかったが、その時はイタリア留学中だった。
イタリアにいるとなると、ヨーロッパのどこへ行くにも大概簡単なので足が軽い。家からローマ空港までは4時間くらい。そこから3時間半のフライトで、ヘルシンキ。うまく格安航空を取れれば、2から3000円でチケットを取れたりする。(他にも諸費用がかかるから一概に格安と言えないときもあるが)

そんなふうに、気軽に国を移動した例がこれである。

始まりは、まず4月に行われたBJCというイギリスのジャグリング大会でMarkoマルコというフィンランド人と友達になったこと。そのときは「フィンランドでディアボロオンリーの小さな大会があるから!」とだけ教えてもらっていた。
しかし会期の日程と被って、クロアチアに友達を訪ねにいくことになっていたため、「うん、覚えておくよ」 とだけ言って流しておいた。

時は流れ8月。ポーランドでのジャグリングフェスティバルに参加している最中のことだった。
facebookを通して、フィンランド人からメッセージがくる。

「マルコだよ!覚えてる?実はFDCのことなんだけど …」

マルコは、イギリスで話した大会のことを持ち出してきた。
なんでも、呼ぶ予定だったゲストの一人が膝に怪我をしてしまったらしい。そこで演技ができる代理を探しているとのこと。BJCで私の演技をみていたマルコは、こいつなら呼んでもいいと判断してくれたのか、私のところに声をかけてきたのである。しかもこの時点で、なんの偶然か、急遽会うはずだったクロアチアの友達の都合が悪くなり、旅行は中止になっていたのだ。
というわけですぐにフィンランド行きを決めた。しかしよく聞くとスケジュールが過密。主催者のサムリさんが言うところによると、EJCが終わってイタリアに帰ったら、翌日の夜中の便でローマからヘルシンキに飛ぶ。間髪入れずに空港から出ている長距離バスに乗る。バスに乗るとTampereタンペレという街まで2時間くらいで着くから、着くなりそのままサムリの知り合いの家に行く。(到着は早朝3時半くらい)朝10時くらいにマルコが迎えに行くから、それまで適当に寝ていろ、とのこと。

「遅いけど、若いから大丈夫でしょう」

と言う。まあいいけどさ。気合いを入れて結局このプランを承諾した。というわけでEJCが終わった次の日の8月7日、朝っぱらに格安航空でワルシャワからイタリアへ。7日昼にはローマ、フィウミチーノ空港に到着するも、荷物の入れ替えをするために留学先のシエナに一旦帰ってから、次の日8日夕方にはまたフィウミチーノ空港に。そんなこんなでしばらく待って飛行機に乗る。今回はなんと、フィンエアーである。これは贅沢便。ライアンエアーやイージージェット(いわゆるLCC、格安航空)に慣れた私は、思わず「荷物の預け入れはできますよね?」と尋ね、機内食が出ることに喜び、コーヒーがただで飲めることに感涙した。3時間ほどでヘルシンキに到着。空港にはIKEAの家具のような、いかにも北欧テイストの設備が並び、よくわからない可愛い大きなオブジェがそびえ立っていた。

ここまで予定通りのスケジュール。そして予定通りだから、なかなか疲れる。
いやしかし、疲れるのはいいのだが、何より格好を間違えた。真夏のローマから来たもので、半袖半ズボンにサンダルという南の島に行く格好で、トナカイのいる北国フィンランドに来てしまった。
夏だから大丈夫だろうと高をくくっていたのが間違いだった。
フィンランドの夜は寒い。8月初旬だったが、日本の秋ぐらいの寒さだった。
とにかく早く温もりたい一心でひたすらタンペレへと向かった。

タンペレに着くと、バスを降りたところで、背の高い、静かなたたずまいののっぺりとした男性が迎えてくれた。名をJussiユッスィという。はじめましてのあいさつをしたあと、「いやあ、眠いよ」くらいのことを言ったきり、あとは最低限の説明をしてさっさと家に向かい、ベッドの場所を教えてくれて、自分はそそくさと寝にいってしまった。
だがそれも道理で、夜中までの自分の仕事のあと、早朝にわざわざ起きだして来てくれて、しかも仮眠をとったらまた仕事に行くのだという。

朝になって、マルコが車で迎えにきてくれて、フィンランドがどれだけ寒いかの話をしながら、FDCの会場へ向かう。
会場は人里離れたところにあるErajarviエラヤルヴィという村にあった。
小さな小さな村の小学校。全校生徒は十人くらいじゃなかろうか。そこの、小さな小さな体育館でみんなでディアボロを練習する。毎年会場は変わらずここなんだそうだ。規模も噂通り30人ぐらいだし、寝る場所は適当だし、(私は、奥まった狭い部屋の、トレーニング器具の下で寝ることとなった)主催者のお母さんがなぜか手伝いに来るし、でもおいしいタルトを置いていってくれるし、特にスケジュールが決まっていない日もあるし、部活の合宿のような大会だった。しかしゲストは豪華で、内容も実はなかなか濃い。かの有名なフランスのディアボリストEtienne Chauzyエティエンヌ・ショズィー。それにフィンランド国内からはJoonaヨーナ、Eljasエリアスといった、ディアボロをやっている人なら一度はビデオをみたことがあるような凄腕たちが名を連ねる。

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▲おいしいタルト

気になる内容も、Diabolothonディアボロソンという、前代未聞のディアボロスポーツ大会や、Diabolo MODコンテストなる、手作りディアボロ品評会など、面白いものがいっぱい。中でもMODコンテストでは、飛び入り参加のタマネギと鉛筆を利用した「画期的な」ディアボロも出てきて、腹が割れるほど笑った。

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▲MODコンテスト

初日の夜には、会場から歩いていける(徒歩で30分くらいかかる)サウナにも行った。サウナはフィンランド発祥のものである。さすが本場、設備も風情あるもので、木造の建物から、火を焚いて石を温める釡、照明に使うキャンドルまで、まさに思い描いていたような「本物」のフィンランドの姿だった。サウナで十分温まった後には、はだかで湖に飛び込む。満点の星空のもと、一糸まとわぬ姿で広大な湖の水面をばっしゃんばっしゃん音を立てて泳ぐのは、実に気持ちがよかった。

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▲本場の石焼きサウナ

最終日のガラショーでは、一応、仕事として演技をした。
ガラショーの会場は、体育館から少し離れた、これまた小さな劇場であった。小さすぎて振り回したスティックが後ろの壁に当たるほどだったが、なんとか演技をこなして、仕事を終えた。
他にもワークショップや、ショップ販売などのイベントもあったが、暇な時間はギターヒーローをやったり、近所の(往復40分近くかかる)スーパーに行ったりしながら、のんびりと時間を過ごした。

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▲ガラショー。司会をするマルコ(左)とサムリ(右)。

大会が終わった後、一日だけ観光をしてから帰る時間があった。
好きにしていいよ、といわれた。
しばし悩んだ結果、ヘルシンキの観光を選ぶことにした。他にも小さな町タンペレ観光(一応フィンランド第二の都市らしい)や、ヘルシンキに向かうどこかの街で降りるという選択肢もあったのだが、首都たるヘルシンキを未だ空港しかみていないということに気がついたので、町の中を案内してもらうことにしたのだ。

ヘルシンキには、高校生の頃から憧れていた。
稲垣美晴さんという、現在は「猫の言葉社」という会社の代表をなさっている方が書いたフィンランド留学紀『フィンランド語は猫の言葉』という本を読んで以来、一度は行ってみたかった土地だった。
デザインにも関心があるから、街中が「北欧建築」で溢れるヘルシンキを、この足で歩いてみたかった。
FDCに来ていたTalviタルヴィという女性に案内してもらいながら歩いてみれば、実に、期待通りのよい街だった。

タルヴィは、トゥルク応用科学大学の「サーカス学部」に通う学生だ。
さすが彼女は、身体もしっかりしていて、性格も明るく、空が澄み渡る少し肌寒い素朴なヘルシンキの明るさに似合った、素敵な人だった。
でもそんな彼女はヘルシンキの「素朴さ」についてこう語っていた。

「リオ・デ・ジャネイロの留学から帰ってきてヘルシンキを眺めた時、自分の町がどれだけ田舎だったのか知ってびっくりしちゃった」

観光の終わりに、海を見ていくことにした。
そこには公園が広がっていて、若者達が思い思いに、北国ならではの長い昼を過ごしている。
タルヴィのあとをついて公園を歩いていると、FDCにも来ていた、トンミとヨウニが、他の若者と一緒にバスケをしていた。
私は、タルヴィと一緒にぼんやりとそれを眺めながら、最後の昼下がりの余韻を味わっていた。

すると、バスケをいつの間にか終えたトンミとヨウニは、こちらに来て言った。

「汗かいたな、海、入るか?」

冗談だと思って
「水着なんか無いよ」
と言って流したら、彼らは
「オーケー」
と言って、2人とも服を脱ぎ始めて、パンツ一丁で浜辺まで走っていき、ついにはパンツまで脱いで、海の中に飛び込んでいった。

思わず笑ってしまった。
そうして横にいたタルヴィもにこにこ笑っていて、私に向かってこう言った。

「フィンランドへようこそ」

ジャグリングを通して海外に行くことがたまにあるのだけれども、結局のところ、人と出会うのが楽しくてやめられないのかもしれない。マルコにむちゃくちゃな日本語を教えた思い出も、サムリのお母さんの手作りタルトの味も、町中でバスケをしていて、終わった後に服を脱ぎ捨てて海に飛び込んでいったトンミさんの爆発するエネルギーも、カレリアパイをほおばるタルヴィの笑顔も、やっぱり私の中では、「ジャグリングのたのしみ」の一つなのだ。