「人魚が星見た」第五話・横須賀中央

第21期(2015年6月-7月)

▼横須賀中央

ふたりで暮らすようになってしばらく経つが、めったに一緒に酒を飲まない。Nもそこまで大酒飲みではない。にこにこ穏やかになるたちで、好ましいたぐいの酔っぱらいだった。ところが最近、Nは酔って電車を乗り過ごす。夏のはじめに、金沢八景から新逗子まで旅をしてからというもの、Nは海沿いの町が気に入って、京急線で遠くに行くことがふえた。連絡の取れない時は、酔ってどこか遠くの駅でねむりこけているらしかった。最初の頃は叱った。あまりに繰りかえすので、だんだん怒る気も失せた。するとNは寂しがる。怒ってほしいようなのだ。昨日は浦賀まで行った、などと悪びれず打ちあける。南に行きたいと思ってさ、とぼそっと言う。あんな地の果てのような場所になぜ、と言いつつ、その理由を私はわかっていた。

ひとり残された夜は、死んだ人魚の飼育日記を読む。筆跡が一種類になって、Nだけが、女のいなくなったあとも日記をつけ続けていたのがわかる。「あまり動かない」「舐める。水だけ」など、人魚が少しずつ弱って死ぬまでを、Nはひとりで追いつづけていた。枕元の小さな明かりで、私はそれを黙って読んだ。

明け方になると、Nが始発を乗りついで帰ってきた。シャワーを浴びたNがベッドにもぐりこんでくるのを待って、まだ酔いの残る体に身を寄せる。人魚はまだ、ねむっている。耳に口を近づけて、たのんだ。私のからだの上に腹這いになり、この上で死んだらどうしよう、と言うので、だいじょうぶ、始末してあげるから、と答えたら、まだ死にたくないよ、と笑われた。目を閉じたまま息を吐いて、私は今消えたい、と答えた。本当に、消えてしまいたい。このまま彼が、死んだ人魚の影を気にして海をめぐるのを続けるのであれば。Nのもとに人魚は残さない。私が、連れて出る。そういう考えが、抱かれている時も私をさいなんだ。

花火大会ならもうだいたい制覇した。隅田川、東京湾、神宮外苑、江戸川、板橋、川越、みなとみらい。そう言って自慢すると、それみんな男の人とふたりで行ったわけ? とNが問うた。花火大会なんて、ほかに誰と行くのよ。するとNは困った犬みたいな顔をして、それなら今日はおれと横須賀の花火大会に行こう、と誘ってきた。

出かける前にNは人魚に食事を与えた。指先に砂糖をちょっとつけて舐めさせる、いつものしぐさで。人魚は琺瑯(ほうろう)のたらいから身を乗りだしてNの手のひらによじのぼり、ぺちゃぺちゃ音をたてて長いこと甘えていた。

ちょっと迷って浴衣はやめ、かわりに新しいワンピースをおろした。横須賀中央の駅から花火の打ち上げ会場までは、だいぶ歩くらしかった。ちらほら、白い制服制帽の若者が闊歩している。改札口から続く歩行者用デッキを渡り、屋台の並ぶ道を抜けて、海沿いの大通りをめざした。

ふたりで花火を見に来るなんてめったにないことだから、宵の口から少し酒を飲むことにした。路地裏の飲み屋ののれんから、小さな子どもが走りでて、私たちの目の前で転んだ。泣きもせず、静かにうずくまってしまったのを助けおこした背中側、店の中から「こら、戻ってらっしゃい」という声が聴こえた。のぞきこむと、若い女がコップを口につけ、カウンターで飲んでいる。母親だろうか。目が合った。誘いこまれるように、その店に入った。「どうもごめんなさい、ありがとうございます」と、女は私が子どもを助けたお礼を言った。女は戻ってきた子どもを抱きあげてひざに乗せ、おりこうにするように言いふくめた。Nは壁の品書きを見て、瓶ビール、まぐろの頭身刺、アオリイカの刺身、冷ややっこなどを手際よく注文した。店には他にもうひとり、すでにかなり酔っぱらった男がいて「こんなバカ、英語しかできねえくせにいばってんじゃねえよ」と、テレビに映るアメリカの大統領にくだを巻いていた。

今日は、海に悪いものが流れてくる日だねえ。店主がのんびり言った。お馬流しの夜だからねえ。女が、子どもを抱いたまま相づちを打つ。お馬流し、知ってます? 女に訊かれて首をふる。
横浜の方でね、海に悪いものを流すための風習があるの。かやで編んだお馬さまをいくつもいくつも、沖に流しに行くんですって。そういう日は、逆に海から悪いものがやってくることもあるんですって。ねえ、逆にって何でしょうねえ。悪いものってねえ。
女はいっきに喋った。店主は、今日はお馬流しなんだよねえ、と間延びした声でもう一度言い、「海沿いのおっきな道があるでしょ、それをずーっとずっと行った先の岬にねえ、お馬さまが流れつくことがあってねえ」と続けた。聴きながら、ビールをのどに流しこんだ。女はそれきり何も言わず、子どもの背中をとんとんたたいて寝かしつけていた。

店を出て、Nの手を取って歩いた。幅のひろい道路に人がどんどんふえて、うねりながらあふれてゆく。海岸沿いには塀が張りめぐらされていて、歩いても歩いても海が見えないのが残念だった。人魚連れてこなくてよかった、と言うとNもうなずいた。

突然、花火がはじまった。赤や緑の大輪の花が夜空に打ちあがり、遅れて音が響いた。人の波がいっせいに立ちどまって、空を見あげた。立てつづけに、金色の滝が夜空に流れ、ぱちぱちと音をたてた。汗ばむNの手のひらを、その時までは感じていた。

ずいぶん入れこんでいるわねえ、という声が聴こえて振りかえった。あれは、さっきの飲み屋で子どもをあやしていた女ではないのか。もう死んじゃったものなのにねえ。女が、耳元に近づいてくる。今夜は、悪いものが岬に流れつくのよ。やめて、やめて。頭を振って、懸命に女を追いはらった。

いつの間にかつないだ手がほどけていた。人ごみにまぎれて、はぐれたのだと思いたかった。手のひらをみつめ、あたりを見まわした。心臓が、つめたくなるのを感じながら、きびすを返した。海沿いの道に流れつづける人の波にさからい、走って駅に向かった。駅前の歩行者用デッキからは、海の上にあがる花火がまだ見えた。

できるかぎりの速さで、家に戻った。部屋のドアをあけ、たらいを覗くと、人魚は呼吸で体を上下させ、青く発光しながらねむっていた。まっくらな家の中で、光っているものは人魚だけだった。

一日たち、二日たっても、Nは戻ってこなかった。花火の夜をかぎりに、Nが消えてしまったのだとわかるまで、そこからさらに四日かかった。

横須賀中央