あの子が消えてしまえばいいのにと思っていた。

第22期(2015年8月-9月)

たとえあの子が消えても、私がその子の代わりに愛されることはなかったのだろう。


とにかく嫌いなものが多いと非常に生き辛い。

思春期の私といえば今に比べて「嫌い」が多く、また周りも等しくそうだっただろう。いろんなものや人を、容易に許せない。顔が、声が、態度が、話し方が、先生に褒められるあの子の得意顔が、彼の染めた髪が、規則に従順な彼女の長いスカートが、彼の好きな彼女が、みんな「嫌い」塗れである。他者に共感を求めて、自分中心で回っているはずの世界から排除したがる。今同じ理由で他者を嫌うか。そんなのはもう、くだらなくて泣けてくる。

誰かに自分の考えを主張する時、まずは言葉で話し、伝わらなければ怒りが生まれ、それも通じなかったら涙が流れ、声を荒げ、物を投げつけ、そのようにして気付いたら手には刃物を持っていたりする。大袈裟かもしれないけれど、自己表現の仕方がわからなくなったら暴力的になる。自分の「本気」を伝える手段がなくなると、心の器から感情が氾濫してしまう。言葉が感情の流れるレールを整えて、表現方法の数だけ濾過され、他者の心に流していく。価値観の多様さは心の弾力性を重ね、語彙の嵩だけ私の心の体積は広がっていく。

叩いて割れない強化ガラスじゃない。静かな海のイメージで強くなっていくのだ。


解らない、解らない、解らないが続いたLondonでのギャラリー巡りの延長線上で、強烈なコンセプトのアート展覧会に行くことが出来た。Londonを中心に活動する覆面芸術家、Banksy主催のDismalandだ。http://dismaland.co.uk/
この作品はこれが言いたいのだろう、と解り易い作品ばかりだった。改めて私はそういう作品に憧れ、手本になるものは写実と具象なのだと再確認した。「このアイディア、今度やろうと思っていたことと似ている」という作品もあり、つまるところ、解らないものも解り過ぎるものも今の私には焦燥としてエネルギーになるのだと思った。


風刺はお洒落じゃなくちゃならない、罵倒は頓知が利いてなくては猿の雄叫びに等しく、嫌悪の表現もスマートでなくては駄々をこねる子どもと同じである。「好きなものを好き放題作って尚かつ共感を得る」という姿勢で、誰かの感情の代弁者になることが出来るのであれば、それは大いに役に立っているということなのかもしれない。「私が言いたかった汚い感情を、こんな風に美しく表すことが出来るのか」という救い。伝えたい複雑な想いを、誰かに受け取ってもらえる形に創り変える発想。ただ辛い調味料ではなく、香りを調合することで甘美に感じさせる技術。

今まで私に足りなかったものも、これから足していくべき要素も、なんとなく導き出せたような時間だった。


このテーマパークに出展した作家たちも、生きている中でいろんなものが嫌いで、たくさんのことが許せないのだろう。刃物でも銃でもなく、キャンバスやモビールに昇華していったのだ。私の2009年の作品に、その名の通り『昇華』という作品がある。初めて二科展で出した作品だった。あの頃を思い出すと、私はいろんなことが腑に落ちなかった。誰かに認められる為に描くということそのものが許せなくて、それでも見てもらわなくちゃこの世界では何も始まらなくて、ちぐはぐな感情で出品した作品だった。私はこの作品を永いこと愛している。


帰国後の予定が来年の3月まで整い始めている。限られた予定の中で友人との交流もあり、お気に入りのホテルの一室なんかを借りて一晩中語り合うような約束もしている。かつて「消えてしまえばいいのに」と強く憎んだこともあった彼女とは、出会って「友人」を始めてから15年近く経とうとしている。15年間ずっと好きなんてことは有り得ない。そしてずっと嫌い続けるなんてことも難しかった。同じく、ずっと絵を描くことが楽しいとは限らない。筆を置き続けることも無理だった。人間の感情の変わり易さに絶望しながらも、ふとした瞬間に永く続いているものが確かにあると気付く。誰かの友人であることも画家であることも、変わらない中で退化と進化を繰り返す。
それを、愛と呼んでいいのかもしれない。

一つ季節を英国で過ごして、見えてきた展望がある。日本を出て、海外に作品を発信するにはどういうインフラが必要で、どんな人達と協力しなくてはならなくて、何より、何を創っていくかようやく考えがまとまった。それらを導き出すのに2ヶ月は果たして長過ぎたのか短過ぎたのかわからない。焦燥で眠れない夜も確かにあった。「スタートと同じ答えに結局戻ってきても、無駄ではないんじゃないかな。何にせよ、一度時間をかけて悩んで出した答えは強いと思うよ」ある日そう言ってくれた人がいて、私は私を許すことが出来た。誰かの表現が、感情に新しいレールを加える。

私の心の海は、そうしてまた静かに広がっていく。

小林 舞香