アンサーソング~アパートメントに住んでみて~

第23期(2015年10月-11月)

「アパートメントに住んでみて」

4回目の投稿になる今回

まだまだ新入りな僕は、ここがもしリアルな体育会系のアパートならまだまだ堂々と廊下を歩くことすらできないだろう

ありがたいことに、この場所には“そういう”恐ろしさはない

「自分で、自由に、なんでも書ける」

管理人 ゆうへい君が、
2015年10月25日に投稿している記事
「雑居アパートの耐震補強工事(の準備)」
でも述べていたこの場所の特徴だ

書いてみて思うことは、「本当に自由なんだ」ということだ

その後に、ゆうへい君の記事の中に紹介があった2015年9月26日の管理人 朝弘さんの記事「庭師通信1」を読んでみた

雰囲気というか、空気というか、この場所に漂う香りのようなものは(もちろん僕のパソコンは無臭だよ)この人が作っているんだなぁと思った

うん。いいですね。

そこでもう一度ゆうへい君の記事にあった”問い”を思い出した

「アパートメント」を、設立・運営の想いや、住人・読者の自由度を担保しつつ、継続反復可能な”事業”として成り立たせるにはいかなる方法があるか、ということであるわけですが、そのためには私たちがこの場を通してどんな価値を生み出しているのかを今一度棚卸ししなければなりません。

以下は、これまで運営してきた手応えからの仮説・試論に過ぎず、今後きちんとアンケート・ヒアリング調査をできればとは思っていますが、記事を読んでくれている住人のみなさん、読者のみなさんも、よろしければご意見お聞かせください。

(中略)

まずは住人のみなさんにとって。このアパートに入居して書く、ということはどういうことなのだろうか。

うん。

今週書こうと思っていたことが別にあったのだけど、なんとなくいま、アンサーソングのような形で新入りの僕なりに、この場でゆうへい君の問いに応えてみたいと思う

もちろん何か歌い出したりはしないのでご安心を(耳栓は不要ですよ)

あんまり考えすぎてコテコテになっては、ここの良さが出ない気がするので

思いつくまま

自分勝手に

あくまで個人の意見として、押し付けるのではなく、新人のこんな感じ方もあるみたいだよと捉えて欲しい

僕はこのアパートメントに、価値観の近いクリエーター?が集まる場所なのかなぁというイメージで入居した

実際にはクリエーターという枠にとらわれない、自由な場だった

なにしろ僕は、直前になっていきなりの匿名希望、かつ本来期待されていたであろう本業まわりの事とは無縁の内容を毎週UPしている

ゆうへい君は記事の中で、アパートメントの運営資金についても触れていた

有料性にするなどの方法よりは、このコミュニティから本業のビジネスでのマッチングが発生した場合は5,000円の逆ご祝儀?(寄付)をアパートメントにするような、ビジネスというか、文化慣習的にそういうのが馴染んでいくといいよなぁと妄想する

逆ご祝儀が1人5,000円だと、マッチングだから2人から寄付があるとして、10,000円

100マッチングで100万円

持ち回りが7人×6回=42人、定期が○人、うん、100マッチングは無理だ

待てよ、お客さんとのつながりが生まれる可能性も、、、

むむむ、、、

けどそれよりも、この場の価値について考えてみよう

僕としては、デザイナー、カメラマンといった一緒に何かを作っていく方を選ぶに当たって、技術もそうだけど、価値観が近いというのは重要な要素だ

もちろん有名デザイナーの良さは、有名だからこそたくさんの売り先をデザイナー自身が持っているということもある

とはいえ小さい規模では、上述の価値観はより重要だ

このアパートメントにはだいぶ多様性に富んでそうで、それでいて実は近しい価値観のクリエーターが集まっている様に思う

だから個人的に大事なのは「面白い奴らが集まっている」ということなのかなぁと思っている

なんなら、大切なことはただそれだけな気がする

読者にとってはどうなのだろうか

果たして一般読者向けの内容なのだろうか

僕が始めてアパートメントを見て、記事をいくつか見た感想は「いきなり自分ワールド全快!」だった

これは悪いことではなく、この場の個性だと僕は思う

それを許される集団の場(個人の場ではない)というところがいい

商業的な場では、即ちお金を頂く場では有名な人しか作れないんじゃないか

これはあくまで僕の感覚なのだが、この場所には”ひずみ”という言葉がしっくりする

社会変化の中で、微妙に、時に大きく生まれる差異

そこから、それぞれの感性が反応して記事になっていく

個性豊かな、自分らしく生きる人々が、求める”ひずみ”スポットになって欲しい

“ひずみ”系の(それでいて良心のある)人々がより深く、つながり持っていく、そんな場になっていったらいいなぁと勝手に思っている

変な定義付けをするならば、”ひずみ”系カルチャーのコミュニティマガジン、のような

念のためもう一度説明するが、ここで言う”ひずみ”とはもちろん悪い意味ではない

なんとなくだけど、生きづらさ、のようなものだろうか

なんとなくスッキリしない、居心地の悪いこの世の中、そこに身を委ねきれない己は純か不純かもわからない

そんな憂いから生まれる、雫の様な揺らぎ

二回説明しても、まだまだ表現力が足りぬよ、私には。

そして改めて、「自分で自由になんでも書ける」ことがアパートメントの価値であると僕は思う

それはつまり、書く人にとってのものだがお客様だ読者ではない

さらに言えば、アパートメントの価値は「(無料で)自分で自由になんでも書ける」ことである

これも間違いない

それなら、無料掲示板で晒せばいいだろ?いやいや、さらに言えば、一応管理人のフィルターがあることによって一定の秩序がそこにはある

さらに、著作権は書く人にある

まとめよう

アパートメントの価値は「(無料で著作権キープしながら、)(秩序ある知的風なコミュニティで)自分で自由になんでも書ける。」こと

この先にリアルでの出会いと、そこから生まれるコラボレーションに

ということになれば、さらに生まれるものもあるのではないか

また、読者にとって価値がないのか、というとそうではない

コアな共感が生まれる可能性があると思っている

ただ、現状では不足している部分があるように思う

全ジャンルごった返し、それでいて深いところから各自スタートする

自由であるから

本屋で言うところの専門書がジャンルレスに並んでいるような状況だ

土木の水質光学のとある実験方法について書かれたと思ったら、一般的な漫画の、しかもとある脇役の心情推移についての考察が述べられ、その次には誰かが「僕は妖怪になる!」などと言い出す

わけわからん。と愛を持って言おう。(僕はそういうのが好きだから最高にいい場だと思う。加藤さん大好きです。)

利便性で欲を言えば、読書の趣向と記事のマッチングがもっとわかりやすくできると嬉しい

それがないと、興味ないマニアックな自分世界を延々と聞かされるだけの場になってしまう可能性すらある

人には共感できる範囲というのがあるように感じる

例えば、おしゃれ過ぎる人はおしゃれに見えないみたいなことだ。

人が他人を見ておしゃれだなぁと思うのは自分+30%くらいなんじゃないかと思う。(超主観です)

なので、読者のリアルな感覚+30%の範囲で、誰かが「自由になんでも書いたもの」を届けることができれば、他の媒体にはない深い共感を提供できるはず

なぜなら商業的な文章で溢れた現代において、共通のひずみをくすぶるものに深い感動を得る

少なくとも僕はそうだ

これを書いている今

コーヒーメーカーが僕のために働いている

ぽつ、ぽつ、

新しい水に押し出されて

溢れ出る

コクと苦みのある、香り深いもの

豆ごとの違い

そして、その煎り方や挽き方

さらには注ぎ方でも

その味は変わっていく

それがオモシロい

そして好きなんだと思う

あぁ

人を好きになる

人を好きでいられる

そんな安心できる場所を僕は探していたのかもしれない