ファシリテーションとの出会い2

第27期(2016年6月-7月)

前回、
ファシリテーションに出会った時、身体が震える衝撃を受けたと書いた。26年間生きてきて、震える感覚は、あの時限り。

一雫の言葉が落ちてきて、波紋のように身体全体を震わせているような感覚。嬉しくて小さく握った拳は、これから知る、まだ、ふわふわした言葉を逃さないぞという意思表示だったのだろう。

感動とはまた違う、渇望していたものに、ふとした瞬間に巡り会えた幸せ。なかなか味わえない感覚だ。

ここまでは、ファシリテーションを求めることになった「自分の在り方」に関するルーツを書いた。しかし、実はまだ書いていないもう1つのルーツがある。

ファシリテーションに出会うちょっと前の話。
大学生3回生の僕は、自分がしたある失敗を常に頭の片隅で考えていた。

その失敗とは、サークルのミーティングでの話。

僕が所属していたサークルは、多くの大学が参加するタイプのもので、月に一度、必ずミーティングを行っていた。毎回30人ほどが関西各地から集まってくるミーティング。しかし、報告で終わることが多く、なかなか自分たちの考えを言えるようなミーティングではなかった。

何が、僕らのミーティングを阻害していたのか。

当時考えていたのは、大きく分けると3つ。

①メンバーの中に見えないランク(地位)があって、上の立場の人に意見が言えない
・学生の中に、年齢差や立場の差があった
・学生の他に、オブザーバーという形で社会人の方が数名関わっていた

②代表に対する少しの不満
・オブザーバーの社会人とメンバーの間に立っている代表にどうにかしてほしいという期待も込めて不満があった

③話し合いのよりよい進め方を誰も知らない
・報告→来月どうする?の話し合いの流れで、ほとんど意見が出ず鶴の一声で決まる

この状態が年度初めからずっと続いており、ミーティングをいい方向に進めるには、自分には何ができるのかずっと悩んでいた。

メンバーも仲がよく、その分お互いに言いづらいものがあったのは事実だ。
なかなか、現状に対して踏み込めない。
でも、それぞれ現状をどうにかしたいという想いがあると僕自身はそう考えていた。

悩みながらも誰かが動かなければ意味がないと考えて、僕はできることから始めることにした。

メンバーの想いを知るために1人ずつに電話をする。
ただそれだけ。
でも自分にできる一歩からと思っていた。

毎日、1人ずつに電話をし、今何を感じていて、これからどうしていきたいかを話し合った。というより、聞くことしかできなかった。30人の中で、現状を肯定するメンバーは誰1人いなく、それぞれに想いを語ってくれた。時間を忘れてずっと語り合ったし、涙を流すメンバーもいた。

1人1人から、「本音を言える場を作りたい」「1度ミーティングとは別の場を設けたい」という考えが出てきていた。

「変えたい!」みんなが、そう強く思っていることが確認できたので、ミーティングとは別にみんなが話し合える場をつくろうと代表や社会人の人たちに提案をし、別の機会に一度そういう場を設けることになった。

僕が覚えているのは、ここまでだ。
当日何を話し合ったかは、まったく覚えていない。

僕がこだわっていたのは、みんなが口々に言っていた「本音を話し合える場を作りたい」その想いを形にすることだった。
想いを持っている人が全員納得感をもって、前に進むこと。
その、きっかけをつくること。
それがぼくの想いの根底だった。

だから、場を設けたことが自分の中のゴールであり、当日の場の進行は、別の人に委ねた。

失敗はこの後の結果にある。

結果的には、次の会議は多くの人が意見を言いやすい場になった。でも、それ以降の会議は尻すぼみで元に戻っていった。
それ以降サークルに顔を出さなくなったメンバーも数名いた。

みんなで前に進みたい。そう思っていた僕の想いははかなくも砕け散った。僕は、申し訳なさもあり、サークルには在籍し、自分の仕事を続けていた。

何がいけなかったのか?
どうしたら、みんなが納得して、行動を持続するようになるのか?

この失敗から、多くの問いが生まれてきていた。
考えれば、考えるほど新たに生まれてくる問い。

それらの答えを探していた時に、出会ったのがファシリテーション。

心から求めていたこと。そりゃ、身体が震えるわけだ。

自分自身の「在り方」の探求と、みんなで「楽しみながら納得して前に進む方法」の探求を軸に、僕はファシリテーションの世界に足を踏み入れることになる。