種をまく人

第27期(2016年6月-7月)

「人が恋におちる瞬間をはじめてみてしまった」と、これは、漫画『はちみつとクローバー』で、はぐちゃんを見つめる竹本くんの横顔を見た真山の心の声。

流れる時間を切り取って、「その人がその人である」ということを認識した瞬間が、頭の中に、写真のように残っていることがある。

その写真にはいつも、雨上がりのような、澄んだ光が差しているけれど、よくよく思い出そうとしてみると、その日が晴れていたのか雨ふりだったのかはっきりと思い出せないから、随分美化された記憶であるのは間違いない。

頭の中の写真、つまり、誰かに出会った瞬間のことを、時折、思い出しては幸福な気持ちになる。

ああ、そうか。
これが、「ヒトメボレ」というやつなのかもしれないと、手元の、少しお湯の冷めた湯のみを眺めながら考える。
にじんだ藍色の水玉が落とされた湯のみは、両手で包むとよく馴染む。
この湯のみにも、ヒトメボレしたのだ。

3年前、瀬戸内国際芸術祭に関わりたくて香川に越してきたわたしが、一番初めにヒトメボレした人が、絵本作家の田島征三さんだ。

田島征三さんは、「田島さん」よりも「征三さん」と呼ばれている。(みんながみんなそう呼んでいるかはわからないけれど、そう呼びかけられている征三さんの姿をよく目にしたし、その光景を見るのが、なんだか好きなのだ。)

そして征三さんも、周りにいる人を、苗字ではなくて下の名前で呼ぶ。
わたしのことを幸乃ちゃん、と呼び、だから征三さんのスタッフの人も、幸乃ちゃんと呼んでくれた。

征三さんの作品制作に初めて参加したとき、征三さんが目の前で話している姿を見た瞬間、「またこの人に会いたい」と思った。
ヒトメボレの瞬間だ。

あんまり素直にそう思ったので、征三さんやスタッフの方の前でそれを伝えると、征三さんのスタッフのミシェルさん(本名は、よしこさんだと知ったのはいつだっただろう。誰が教えてくれたのだっけ?)が、「じゃあ、大島での制作は幸乃ちゃんに期待だね」と笑った。

ミシェルさんの笑っているところを見ると、わたしはとても安心する。
それに、多分、ミシェルさんといて安心する人が、わたしの他にもいるのだろうと思う。
そういう、目の前の相手にまっすぐ向けられた、平等な笑みをくれる人なのだ。

征三さんの作品があるのは、高松港から15分程度の小さな島「大島」だ。

大島は、島全体がハンセン病回復者の療養施設「国立療養所大島青松園」となっており、ここでは、入所者の日常生活の介助・療養生活の支援とハンセン病を正しく理解するための活動が行われている。

わたしが制作に参加した3年前、2013年の瀬戸内国際芸術祭における田島征三さんの作品が、入所者が暮らしていた建物全体に海賊と人魚の恋物語が塗り込められた空間絵本「青空水族館」だ。

「青空水族館」には、ぽろぽろと涙をこぼす人魚や、海賊の他に、漂流廃棄物でできた大きな魚、海藻押し葉、木の実を使った作品が展示されている。

様々な作品があるため、作品ごとに作業を振り分けられて制作活動が続いた。
随分暑い日が続いたので、風のよく通る海のそばで作業し、毎日必ずおやつ休憩があるのが嬉しかった。
(案の定、人生で一番黒々と日焼けしてしまったけれど)

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征三さんのスタッフの人や、わたしと同じようにボランティアで参加している人たちを見渡すと、木の実の作品を作る(大きな板にキリで穴をあけてどんぐりを刺してゆく)人や、部屋のペンキを塗る人、廃棄物で魚を作る人、どの人も、とても真剣で、その姿がとても楽しそうだった。

今年の4月、久しぶりに征三さんに会ったときに「春みたいな人だ」なんて思ったけれど、大島で作業をしていた人たちは、みんな春の生き物みたいに生き生きしていた。

自分が作ろうとしている形に向かって、自分の身体で考え、動いてゆくことを、心の底から楽しんでいる。

征三さんも、征三さんを慕うスタッフの人たちも、自分自身の欲求にまっすぐだ。けれどそれは、他人を省みないということでも、わがままに、他人に迷惑をかけるということでもない。

きっと、自分の欲求に向き合い続けることで、本当の意味で、自分にできることとできないことが分かるのだ。

征三さんの作品に『ほらいしころがおっこちたよ ね、わすれようよ』という絵本がある。

何をやっても失敗ばかりのおじいさんは、ある気持ちの良い朝、その日はなんだか上手くいく気になって張り切るけれど、卵を踏みつぶしてしまったり、おばあさんの育てていた花をめちゃくちゃにしてしまったり、失敗ばかり。
けれど、失敗するたびに、石を手にとって地面に落して言うのが「わすれようよ」という言葉。
石を落とす前のことは忘れて、そこから、新しい今日を始めよう。
おじいさんは何度も繰り返すけれど、やっぱり失敗ばかりで、とうとう悲しい気持ちになってしまう。
そんなおじいさんに、おばあさんが言う。
「おじいさん、みてごらん! ほうきがあるでしょう。
ほら おっこちるよ。みんな わすれましょうね。」

この絵本が「青空水族館」に置いてあって、大島に通いながら何度も読んだ。

たったひとりでも、「わすれようよ」と言える相手がいれば、そして、そう言ってくれる人がいれば、他にたくさんのものはいらないのかもしれない。

征三さんは、人と一緒にいることの尊さを、言葉ではなく身体で知っている人なのだと思う。
そして、愛する人と穏やかに暮らすこと、ささやかな、それでいて何よりの幸せさえも奪うものに、征三さんの怒りは向かう。

「青空水族館」をもとにして描かれた『海賊』という作品は、海を愛するひとりの海賊と人魚の物語だ。
気ままに暮らしていた海賊は、人魚と恋に落ちて幸せに暮らすが、海が汚され、人魚は少しずつ元気を失ってゆく。
穏やかで、どこか人懐こい海賊は、愛する海を汚し、愛する人魚を傷つける人間たちに怒り、闘う。

海賊の姿が、征三さんと重なる。

ハンセン病に感染した人々は、強制的に親元から引き離されて遠隔の収容施設に閉じ込められ、故郷に帰ることはおろか、一生涯外の世界に出ることは許されなかった。さらに、国は彼らを根絶やしにするため、子孫を作ることさえ禁じたのだった。

征三さんの作品は、大島で、怒りと悲しみを途絶えぬように発し続ける。

そして「青空水族館」の制作から3年経って、征三さんは、大島に小さな森「森の小径」を作っている。大島の地面に穴を掘り種を植えて、一から育ててゆく森。

大島に住んでいる方は、あれやこれや世話をしてくれて、そこへ盆栽を持ってきてくれたりするそうだ。自然のスピードと人の手によって変化し育ち続ける森を介して、征三さんと、大島に暮らす人々も、(きっと時々喧嘩もしたりしながら)関わり続けてゆくのだろう。

征三さんは、人の人生に種をまくひとなのだと思っている。

征三さんの作品には、征三さんの姿が重なって見える。
そんな、征三さん自身が表現したいものをまっすぐに描いた作品が、他の人の怒りや悲しみを代弁し、人の心を癒す存在になる。

征三さんに出会ったときに、わたしも種をまかれて育ち始めたのだ。

この記事が更新されたら、征三さんに読んでもらいたいな。
征三さんのスタッフの方たちは、わたしのことを覚えてくれているだろうか。

自分の書きたいことを書くこの文章が、誰かの心をほんの少しでも動かすことがあるだろうか。

分からないけれど、書くのは楽しい。

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(この写真は、最近、高知での征三さんの展示で撮ったものです。征三さんにヒトメボレなんて言ってしまうわたしが、先々週征三さんと話した会話は「おへその先ってどうなってるの?」でした。どうなっているのでしょう。おへその先は、おなかの中で。)