改めて考える!!!どこか不安な世の中での僧侶のポジショニング

第28期(2016年8月-9月)

お疲れ様です。
僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です
今回で第8回目。
今回も含めてあと2回になりました。

前回は、現在感じている僕の葛藤について、お話させていただきました。

周りの方からの僧侶に対する、ある意味願いとも言える「信念が強く、何事においてもぶれない」というイメージ。改めて、他人から自分はこう見られている、こういう存在であってほしいと期待されていることを感じました。

今、僕は有髪の僧侶です。
本来僧侶が坊主頭でいることは、欲をなくし自分を律するという意味があるようですが、それに対して、僧侶が欲をもってはいけないのかという疑問があります。
僧侶も人間。
ならばその欲をどのように扱うのかが大切なのではないかという結論に至り、今のスタイルになっています。

その姿を人はどのように感じるかはわかりませんが、先程挙げたような、人々の願いや期待にも近い僧侶像を、少なくとも忘れなければ良いのではないかと思います。

今回は、そんな僕が今、描いている未来について、話を進めていきます。

今までいろんなイベントを実施し、いろんな方とご縁をいただいて、今後は次のような活動をしていきたいと考えています。

まず僕は、「仏教を伝えることを通して、その人自身の良さを引き出し、また自信をつけられるようなお手伝いをする人」でありたいと思っています。

僕も以前は自分の良さに気づけず、自信をなくし、その現状を見たくないので嘘をついたり、一人で過ごしたりしました。
でも、正直どこか寂しい気持ち、満たされない気持ち、空虚感がありました。

しかし他人と逃げずに向き合うことを通して、人は学び、成長していけるのだということに気づきました。

多くのイベントをするようになり、いろいろな方とのご縁で気づきや学びがありました。そこで、1人では気づけないことや学べないことの存在を知りました。それが視野を広げ、今をつくり、未来をつくっていく大切さに気づいたのです。

僕は僧侶です。その役割の一つに、仏教を伝えていくというものがあります。

不安、心配、ストレス、いらだち、効率、失敗してはいけない、時短・・・
周囲を見れば見るほど、みんなが落ち着けないでいる不安定な世の中ですが、仏教という考えを一つの参考にすることは意義があると思います。

仏教への意識が離れている今だからこそ、僧侶本来の活動が求められていると思います。

次に僕は、「自分に嘘なくアウトプットする場」を作っていきたいと思っています。

今は書籍やセミナーなどインプットをすることがなにかと多い時代です。

しかし、その逆でアウトプットする場ってまだ少なくないですか。
なんでも入れてばかりで、出さないと詰まってしまいます。
でも、ただ出せばいいのでなく、次の自分につながっていくことが重要だと思います。

それには自分らしく、正直にフタせず、アウトプットできる場が大切なのではないでしょうか。
失敗できない、まずいことを言ってはならないと恐れるあまり、以前の僕のようになってしまっては、せっかくアウトプットの場に参加していても、ただその場にいるだけになってしまいます。

そのようになれないためにも、主催者として話せる空間を作るのも大切ですが、参加者本人も自分と向き合い、積極的に発言するという姿勢が大切だと思います。

いろいろなセミナーなどに参加して、なんとなく満足感を得る。
でも時が経てばその話すら、忘れてしまう。

これはある意味人間の性なのかもしれません。しかし、どうせ同じ時間を過ごすなら、参加したことによる気づきや学びを次につなげていくことで、自分の中で定着させていく方が有意義です。学んだことを振り返れば、まだ足りていないことへも気づき、また学ぶ意識が高まるというポジティブな流れも生まれてきます。

みんなもっと恐れずに、いろいろそのときそのときで思っていることを発言したり、行動すればいいと思います。失敗して初めて分かること、行動して理解できることがいっぱいあります。

僕もいろいろな話をして、わからないこと、足りないことに気づくことがあります。
それをそのままで放置せず、すぐに行動に移すように心がけています。

僕が開くイベントでは、そうした、自分自身と向き合いながら、感じたことを遠慮せずにアウトプットできるような場を提供したいと思っています。

次回はいよいよ最終回。
この担当期間中、感じたことについて、話を進めていきます。

合掌

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