星空書簡6―大きな月

第29期(2016年10月-11月)

星空書簡6―大きな月

こんばんは。秋を飛び越えて冬が一気にやってきたような今週です。
北海道の美瑛に住む友人は、まだ、収穫も終わってないのにすっかり雪が積もりの
さすがの北海道人もパニックといっておりました。
私のいる山梨は、高い山々に囲まれているので、季節をまたぐとき、何かその
季節の間をいったりきたりできるような時期があります。美しい紅葉と雪の稜線を
一緒に抱きかかえる山々を眺められます。
東京にも強い木枯らしが吹いた先日、標高1300mを超える野辺山にいたら、マイナス3度! 
でも、建物から出た瞬間のあの冷たい空気が運んでくる冬の匂いは大好きなのです。
その日、雪雲がだいぶ流れていましたが、星空の講座を受けたみなさんと
外に出たときには、だいぶ晴れ上がり、明るい月の光と星の輝きを共有しました。

また月が満ちるときにいます。しかも今度の満月は、今年最大の満月。さらに、
細かいデータで見ていくと、月が地球に最も近づく位置に凄く近いところで
(数字でいうと、35.7万km)満月を迎えるということで、最近はやりの言葉となった
「スーパームーン」に「エクストラ」がついたり、「スーパー」が2つくっついたり
するかも、ですね。
「スーパームーン」って言葉は、天文学者や天文教育という立場にいる人たちは
ちょっとにがにがしく見ているところがあります。その定義があいまいっていうのが
あるのと、何故かそういう言葉は、そういうときはこうするといいことがある、
というような都市伝説みたいなのとくっつきやすいってことがあるのでしょうか。
もちろん話題になることで、みんなが空を見上げる機会になるんだったら、そういう
キャッチ―な言葉も必要なのかな、と思う人もいたり、非科学的な思考が蔓延する
種だからよくない、と思う人もいたり。
宇宙・星、という話題は、どんな時代だって、思考や想像力の源泉にあり、だからこそ
学問の最初でもあったし、神話の最初でもあった。宗教や占星術だってそう。
だから今も、天文学がすごい発達している一方で、スピリチュアル系と呼ばれるものも
混在してて、多くの人にとって、なんかその境はわからないものになっているのが
現実なのかもしれません。
そこの境は何なのかな、と思ったとき、一つ言えるのは、論理的な展開があるのかどうか
っていうことなのかなあ、と思います。論理的なことと、そうでないことは、人々に
なんの違いをもたらすのかというと、論理的なことは、一人ひとりに考える余地を与える
けど、そうでないことは、信じるか信じないかの二択になっちゃって、あまり考える余地を
与えないような気がする。
・・なんて、つらつら考えていることをそのまま書いちゃってごめんなさい。
ところで、一つクイズです。手にコインをもって、腕をいっぱい伸ばしたときに、月の
みかけの大きさとほぼ同じなのはどれでしょう? 100円玉、1円玉、5円玉の穴。
ぜひ一度やって、確かめてみてね。
そして、月の光に神秘性を感じるのも人間の感性。すーっと心の中に落ちてくるような
光を浴びる時間もぜひ。

自身のことを言えば、
初夏のあたりから、ずっと、この11月も、そして12月も、自身の講演、公演、イベント、取材
とか執筆とか授業とかそんなことで全部毎日が埋まっていて、アウトプットな毎日だと、
だんだん自分の中のうるおいがなくなるなーと感じることがあります。
自然と向き合う時間、本を読む時間、考える時間、自身の心の動きをちょっとじっと見つめる時間・・ 
そんなことに若干飢えています。
月夜の下で、読むのにおすすめの本があったら、教えて。

寒暖の差激しいこのごろ、どうぞご自愛を。

八ヶ岳月