1ヶ月前:アパートからアパートへ

第29期(2016年10月-11月)

暮らしのリズムが変わった。彼は毎朝起きると「あー幸せ」と言う。それから朝ご飯を作り、それをゆっくりと食べて、本を読んだり、美術館に行ったりしている。

私のほうは未だ存分に仕事が残っている。低気圧からくる頭痛と戦いながら、しぶとく明けない梅雨の空を恨めしげに眺めている。

最近、この家を離れることが、すんなり自分のなかに入ってくるようになった。この体調も気力も下がり気味な状況から抜け出せるのであれば、もうなんでもいい、次に行こうよ、という気持ちである。

彼が会社を辞めた日を境に、私もここでの生活への未練をなくしたみたいだ。それは、消えてよかったとホッとする類いのものではなくて、大事なイヤリングをなくして、最初のうちは「あれ?おかしい、どこなんだろう?」と、ことあるごとに探しているのだけれど、次第にもう見つからないんだということが分かってゆっくりと諦めていくような感覚。探そうとすること自体が悲しくなりそうだから、敢えて考えないようにしている。

せめて朝ご飯は私がつくろうと思う。自分の食をずっと人がつくってくれていることに、妙に地に足がついていない感覚になっている。

「何時に帰ってくる?」
「朝ご飯用意するね」
「お昼ご飯、何時に食べる?」

はりきって家事に邁進する夫に感じる正体不明のストレス。ありがたいはずなのに。筆の力がなくなるまで仕事をしたいと思ってしまう私は、人と一緒でなければ暮らしていけないのに、人とリズムを合わせるのが苦手なのかもしれない。自分の人生が自分の手の中にないような変な感覚になって、息が苦しくなる。

隣町、西荻窪のソレイユに行こう。それも自転車で。友達のやっているお店でお昼ご飯、もしくは夜ご飯を食べよう。遠出はやめよう。頭が痛いのだもの。しかたがない。夜までは家の外で過ごして、つまづいている原稿をなんとか書き上げて、彼にも見てもらって今晩中に出してしまおう。ひととおり考えても、体と頭が重くて、なかなか動き出せない。

そして結局、体は今日もいつもの場所に向かっている。

マスターの「いらっしゃいませ」はいつもぎこちない。
わたしの「こんにちは」、たまに「こんばんは」はもっとぎこちない。

「マイルドお願いします」窓向きのいつもの椅子に座って、お水をくれたマスターに注文をすると、やっと落ちつく。

黒い紳士帽のような書斎ランプをそっとつけて、小瓶から飛び出したドライフラワーを愛でる。湿り気を含んだピアノの音がスピーカーから流れ込む。メロディーはたいてい軽やかで、私は少しだけ気持ちが晴れる

背後でカラコロと豆を移す音が聞こえて、次にゴロゴロとミルが低く唸る。薬缶が火にかけられて、静かな時間がおとずれる。

淹れたてのコーヒーの湯気がランプに照らされて白く楽しげに舞うころには、この場所の呼吸に合わせて自分も呼吸している。

ほどけて いつも少しだけ泣きそうになる。

いつからか、家から歩いて5分の古いアパートの一室を改造した喫茶店に私は毎日のように通うようになっていた。ここに来るとなぜか文章が走る。雑誌の記事、うまく言葉の綴れないメール、とりとめもない思いつき、物語の切れ端になるかもしれないもの、長編の続き。

長居しすぎたときは、さすがにマスターに嫌な顔をされた。おかわりをしてみたこともあったけれど、そんなにカフェインに強くない私は、2杯目を飲み終えるころには手がふるふると震えてしまって、これは駄目だと退散することになった。以来、毎日の「ここぞ」というタイミングで、一杯だけ珈琲を飲ませてもらうようにしている。

レコードから流れてくるビル・エバンスのピアノを聞きながら、締切が迫っている取材記事の原稿を書き足した。それは、ここまで進めばなんとかなるはずというところまできた。

それからもういちど姿勢を正して、私は言葉を探した。色々と言葉を足したり引いたりして、結局そのメールはとてもシンプルなものになった。

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気づけばまた何年も経ちました。元気にしていますか?

さて。
ちょっとしたニュースがあります。
結婚したことは前に知らせたと思いますが、
その相手が仕事を休んで、しばらくふたりで旅に出ることになりました。
まずはメキシコに行き、オアハカのどこかにアパートを借りようと思っています。
彼はそこでスペイン語を勉強してから、旅に出るそうです。
私はそこで仕事を続けながら、あなたの近くで暮らしたいと思っています。
せめて海の向こうよりは近くで。
まだオアハカにいますか?
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かちっと音がしてレコードが止まる。マスターが円盤に近づくまで、壁時計だけが空間に音を刻む。ク、ク、ク、ク。いつも少しだけ緊張して秒針が運んでくるものに耳をすませる。

肌色の明かりが灯るこの部屋は、フィルム写真のような柔らかい輪郭を纏っている。この空間に物語が含まれているのは確かだ。その端糸を一本、また一本とお借りして、わたしはここで書かせてもらってきた。

糸をまたひとつ借りることになる。予想のつかない数ヶ月先を手繰り寄せるための糸。

iPhoneをテザリングモードにして、パソコンをインターネットにつなぎ、ノートに下書きした文章をもういちどメールに打ち直して、送信ボタンを押した。

残しておいた珈琲の最後のひとくちを飲み、息をつく。

外に出ると、公園の高くそびえ立つ木々の中に曇り空が見えた。生い茂る黒々しい葉の向こうに白く光って、昼の天の川みたいだ。この町に暮らさなければ、梅雨が美しいことを知らないままだったかもしれない。

次に暮らすことになる町にも公園はあるだろうか? 私はその町のことを、名前以外まだ何も知らないのだ。

井の頭 梅雨