あこがれの県人会

第32期(2017年4月-5月)

「県人会」という言葉をご存知でしょうか。

同じ出身の県・地域の人たちが集まって飲む、そんな会が東京では行われているようです。
ぼくにとって県人会は崖の上に咲く一輪のきれいな花、青春の残りカス、つまり「憧れ」です。

僕は幼い頃、引越族でした。
理由は父親の転勤です。

県人会やってます!地元サイコー!系のSNS投稿はいつでも羨ましい。
僕は県人会参加のパスポートを持っていない、そんな気持ちになるのです。

僕の人生は、ジャン=ピエール・ポルナレフの言う「故郷には思い出がある、どこへ行っても必ず帰ってしまう場所なんです」、そんな心の居所を探す旅なのかもしれません。

つまり地元と呼べる場所がここだ!と自分で言い切れない煮えきらなさがあるのですが、悪いことばかりでもないのです。
もし僕のような人たちで集まるとしたら、「地元どこいったの会」となるのでしょう。
いつか見つかる、そんな意味も込めて・・・。

「地元どこいったの会」で盛り上がりそうなあるあるをまとめてみました。

 ・親が転勤族だった。
 ・環境の変化への適応力が高い。
 ・外向きのコミュニケーションの訓練を幼い頃から積んでいる。
 ・引越に抵抗が無い。
 ・逆に一箇所にいるとソワソワする。
 ・どこ出身?の答えに迷う。
 ・色々なところに地元あるって最高だね!と地元大好きな人に言われる。

ざっとこんな事が話されるでしょう。。(妄想)

日本とオーストラリアのハーフの友人からこんな事を言われた事があります。
日本に入れば海外人と見られ海外にいればアジアンと言われる、自分は一体どこの国の人間なのか、と葛藤する、という内容の話です。

僕より遥かにグローバル感が大きいです。笑

どこ出身?の質問は、裏側に出身地があって当たり前というコンテクストが存在しているように感じられます。
誕生日や星座くらいあって当たり前という感じです。

自分には「当たり前」が無い?それっておかしな事か?と他人とのギャップから感じたわけですが、最初はその気持は複雑。
多感な青春時代の自分探しを経て、そこは、パーソナリティ・個性ということで今は落ち着いています。
しかし、「県人会」を見聞きする度、青春時代の自分探しの気持ちが想起されて、キュンとしてしまうのです。

今回は、ルーツから自分のパーソナリティを紐解いてみました。

青春の残りカス=県人会。
いつまでも会いに行けないアイドルくらいのポジションに居てください。