私の長所が見つからない

第38期(2018年4月-5月)

「大学3年になったら就活も始まるし、自分の長所を見つけないと」と、大学2年の冬、アイルランド留学中にぼんやり考えた。今まで何かに秀でてこれなかった私は、いずれ大量に書かなくてはいけないエントリーシートの「長所」欄に不安を感じていた。

海外は好きだけれど英語が堪能なわけじゃない。留学も、1年間行ってる人に比べたら1~2か月はあっという間。企業にアピールできる「長所」なんて自分のどこを探しても見つからない。

答えが見つからないまま、私は留学を終えようとしていた。

「ねぇチアゴ、私の長所って何だと思う?」

突然聞いた問いに対して、おだやかな表情をうかべ「急にどうしたの」と話すチアゴ。
ダブリン
彼とはアイルランド・ダブリンの道端で偶然知り合った。もう少し詳細に言うと、語学学校に通って1週間経った頃、学校を出た反対側の歩道のところで話しかけてもらった。

チアゴは私より1つ上のクラスに通う、日系ブラジリアンだ。小学生の頃は家族で神楽坂にも住んでいたらしい。社交的で、色々なクラスに友達がいて、日本の文化についてもよく知っている。

初めてチアゴに会った時、私はなかなか友達ができず「今日も誰にも話しかけなかった……」と落ち込んでいた時だった。誰とも遊ぶことのないまま、毎日21時には寝てしまう。そんな私を気遣ってチアゴがパーティへ誘ってくれるのに、最初の頃は断ってふさぎこんでいた。

それでも会えば明るく話しかけてくれるチアゴ。学校で話したり、思い切ってパーティに行ってみたりしてなんとか友達ができはじめ、気づけばチアゴをすごく頼っていた。

くだらない質問をしても、彼は笑って聞いてくれた。「How are you?になんて返せばいいかわからない。」とうつむきながら話す私に、なんで?と笑顔で彼は返す。

「だって毎日fineやgoodじゃみんなつまらなくない? でもほかに言うことないし」

「うーん……本当にgoodならそれで十分。眠かったらsleepyっていえばいいんだよ。その時の自分を素直に話したらいいよ」

……そうなの⁉ 驚いて反応する私をみてケラケラ笑う彼。

この日も今までと変わらず、突然やってきた「私の長所」問題を受けたチアゴは、「ミホの長所は行動力があるところだよ。」と話し始めた。その日は私の学校最後の日。みんなでパブに来て騒いでいる中、片手にビールを持ったチアゴは話を続ける。

「だって想像してみて? ミホは母国語の通じないところに1人で、2か月も住んだんだよ。普通の人はなかなかやれないよ」

私は不服そうに返す。

「そんなこと、ここにいる人みんなに言えることだよ。話しかけてもらえないと自分から友達も作れないし、授業中は積極的に発言もできないし。これじゃぁ長所なんて呼べないよ」
歌う人
趣味・特技・長所。昔から私は、どこまでできたらそう呼んでいいのかがわからなかった。自分よりできる人がこの世界にあふれているのに、「長所」なんて軽々しく呼ぶものじゃないと思っていた。

優しい笑顔がちょっと困って、チアゴは続ける。「ここにいる人たちは確かに、ミホと一緒の長所を持った人たちだよね。でも他のお客さんを見て? みんなきっと、海外に住んだことのある経験なんて無いよ。もしかしたら海外に行ったことない人の方が多いかもしれないよ」

その話がどんな結末になったかは忘れてしまった。パーティの最後、「ミホにプレゼントがある」と言って、ブラジルで買ってきたらしい、ビーチサンダルのキーホルダーをもらった記憶に移る。私の大好きな笑顔で「頑張って」と言われて、少し泣いたことが心に残っている。

あれから7年が経ち、アイルランド留学をきっかけにWebメディアでインタビュー記事の執筆を始めた。留学に行きたいけれど悩んでいる子たちに向けて、留学経験者に話を聞き記事にしていく仕事だ。
留学Person
インタビューはすごく好きだったけれど、何を届ければ喜ばれるかが難しかった。短期とはいえ留学は3回している。長期で行くのが不安だったら、まずは1週間とか1か月とか行ってみればいいのになぁと考えると、留学を迷う読者の悩みがイメージつかない。

編集長に相談すると、「みほちゃんは読者が不安で踏み出せないことを当たり前にやってしまったけれど、届ける先は、海外の人と話すことさえも怖いと思ってしまう人たちだからね。」と返事が返ってきた。

パスポートの所持率が日本の人口の3割にも満たないのだから、海外留学だけでなく、海外旅行に行く人も全体から見るとすごく少ない。読者の中にも、パスポートを持っていない人がたくさんいる。それを念頭に置いて、インタビューの時は読者の気持ちを代弁するようにしてね、と編集長は続けて話す。

その言葉を聞いて初めて、7年前のチアゴの言葉が、 すとん と心のあるべき場所に置かれたような気がした。

「行ってみよう」と思ってチケットを取ったこと。1人で飛行機に乗ったこと。私の周りにいる人たちはいとも簡単に、そして私よりも何歩も先にその境地へ達している人が大半を占める。私はその人たちのいる方だけを向いて、「あの人達に比べると、私はまだまだ」と思っていた。

ダブリン

「自分が全体のどの辺なのか」「このコミュニティにおいてはどうなのか」を正確に知るのは、すごく難しいなぁと思う。自分は何がどのくらいできて、できないのか。

チアゴのあの言葉は、彼から見てそう思ったのだから、多分それは答えの1つなのだろう。自分よりもできる人はたくさんいるけれど、あるスキルを「長所」と名乗れる人は1人じゃなくてもいい。そして基準があいまいなことだからこそ、信頼している人の言ってくれた言葉をそのまま受け止めてしまえばいいと思う。

もしもこの先自分の長所を見つけてくれる人が現れて、「だって……」と言いだしてしまいそうになったら、チアゴのことを思い出そう。そして「だって」をぐっと飲みこんで、その人を信じようと思う。

チアゴ