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2F/当番ノート

循環する問い

当番ノート 第37期

大切な場所がある。
大阪駅から歩いて15分ほどの場所にある、iTohen(いとへん)という場所。

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2006年から4年ほどアルバイトをさせてもらっていた。
大学を卒業して、もう一度他大学に入学することになり、求人誌を見ながら「いろんな人に出会える場所で働きたいな」と思い、ふと、頭に浮かんだ場所がiTohenだった。
大学在学中、他学部の学部棟に行き、気に入ったフライヤーを集め、ギャラリーやイベントを見に行くのが好きだった。
iTohenに初めて行ったのも、一枚のフライヤーがきっかけとなり、アルバイトをお願いする数年前に展示を見るお客さんとして伺っていた。

電話番号を調べ、思い切ってかけてみると「担当者がいないのでまたかけ直しますね」と言われ一旦電話を切る。
その後、電話を受け、面接をお願いすることに。
今から考えると恥ずかしいが…面接には履歴書も何も持たずに伺った。
iTohenの代表であり、デザイナーでもある鰺坂兼充さんと、窓際の席で話す。
鰺坂さんは大きな紙に、話したことをメモしながら「なんでうちに来たいと思ったの?」と問う。
私は「匂いです」と答えた。
そして「時間のあるときに一回来て、良さそうだったらおいで」と言われ、その後アルバイトとして雇っていただくことになった。

さて、アルバイトと言っても、週に一回いるかいないかの幽霊アルバイトで、兎にも角にも不器用すぎた。
いまでも当時のスタッフさんと話すのは…
レジ打ちを間違えたらレジが「ピーーーッ」と鳴る仕組みになっているのだが、本当にレジができなくて、音が鳴る度に奥からスタッフの方が出てきてくださって交代してもらうという…

カフェ業務の他に《today》というスタッフが順番に更新していくコラムがあって、私もアルバイトにいく度に何かを書いてはウェブサイトで載せていただいた。
絵を描くことや文字を書くことをほとんどしない自分にとって、直筆で言葉を書いてスキャンしてみたり写真を撮ったり加工のしたりする行為そのものが楽しかった。

手伝ってるのか、仕事を増やしているのかよくわからない仕事っぷりに自己嫌悪になりつつ、大学卒業までの4年間働かせていただき、いまも度々展示やイベントを見に行ったり、いろいろな面でお世話になっている。

いまの私の周りには、iTohenで出会った人、そしてそこから繋がっていった人たちが本当にたくさんいる。
ギャラリー、カフェ、本屋、そしてデザイン事務所も兼ねている場所なので、作家さんはもちろん様々な人がこの場所を訪れる。
グラフィックデザイナー、絵描き、音楽家、詩人、陶芸家、建築家
テキスタイル、食や福祉に携わる人、牛乳屋さん、コーヒー屋さん、郵便屋さん、印刷所の人…
ちなみにこのアパートメントの記事に毎回レビューを書いてくださっている舩橋陽さんと出会ったのも、この場所。

展示作品や販売物、そこに在る様々な作品の奥には、それを形作る人がいて、いろんな生き様がある。
そしてそこで様々な人と対面することで「問いの循環」が生まれたのだと、時を経て感じる。

「ダンスをやっています」と自己紹介すると、「コンテンポラリーダンスってどんなダンスですか?」と問われる。
その問いは私にとって「あなたは一体、どんな人ですか?」という問いでもあった。

その問いに対して、どう答えたらいいのかわからない自分が、いた。

相手と共通した認識であろういくつかの言葉を並べてみても、ダンスの本質や自分自身を伝えることができない。
自分でも、やりたいことや考えを明確にできていないというもどかしさもあった。

そして「ダンスってよくわからない」「敷居が高いよね」という価値観にも対面した。
ダンスや演劇、舞台芸術って、音楽、衣装、絵画(舞台美術)、デザイン(フライヤーなど宣伝美術)などの集合体として表現されるものだと思うのだけど、どうやったらこの面白さを伝えられるんだろう、一緒に共生できるんだろうと。

問いはもちろん、いまでも続いている。
心に問いかけること。
人と人の間で問いかける、問いかけられる、その循環が生まれたこと、これは私にとって大きな流れとなった。

問われること、問うことで他者と自分を知る、探す。
問わないこともきっと面白い。
感じる、観察する、見る、食べる、描く、踊る。
人と人の間に生まれるものは、本当に無限の可能性がある。
答えを探すのではなくて、一緒に作ってもいい。
わかることだけが大事なのではなく、わからないことも大事。

言葉で、映像で、デザインで、衣装で、絵で、そしてもちろん、踊ることで伝えられるのかもしれない。
だからいまも、自分自身、そして自分と相手の間に生まれる何かを探している。

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この場所は「働く」ということを教えてもらった場所でもある。
アルバイトを退職してからも、悩み事を聞いてもらったり、縁を繋いでいただいたり、いつも力をいただいている。

素直に時間を忘れて好きな本を探し、読み、コーヒーを飲みながら空間を見る場所。
生きている時間の中で、問いと刺激をいまも与え続けてくれる場所、そして人。

Books Gallery Coffee iTohen
ギャラリーと本とコーヒーのお店
カフェの奥に位置するギャラリーでは、約2週間に1回のペースで様々な作家の展覧会を開催

〒531-0073
大阪市北区本庄西2丁目14-18 富士ビル1F
open 11:00-18:00
展示期間中の金〜日曜のみ営業

http://www.itohen.info

Facebookページ

高野 裕子

高野 裕子

踊り手・振付家
1983年生まれ
関西を拠点に活動しています

Reviewed by
舩橋 陽

今回のエピソードに登場する大阪のiTohen(いとへん)。何を隠そう、僕が高野さんを紹介され、知り合った場所なのだ。多分、高野さんがスタッフに入って数週目くらいの時期だったと思う。その後、ある展覧会の関連企画で高野さんと最初に共演させていただき、そこから始まった関わりは現在も続いている。

僕個人としても、iTohenは、店先に自主盤の音源を置いてもらっていて、様々な表現者と知り合う場所。東京での活動を通しても、たびたびiTohenとの繋がりを再認識させられる。そんな場所である。もちろん、関西圏に出向く時には可能な限り立ち寄る、言わば僕にとっての巡礼地の一つ。

そういえば、今回のエピソードに出てくるiTohenサイト内の《today》は、スタッフ達の肉声を読む様な、アパートメントの当番ノートと同じ心持ちで読んでいた事を思い出した。


高野さんが自問自答し続ける、コンテンポラリーダンスについて伝える場合に伴う様々なジレンマは、僕の表現フィールドである即興演奏にも重なるところがあって、やり取りする相手の世代や現在に至る経緯によっても、見えてる世界が異なるのを知る事になる。
僕自身の演奏は、サウンドや旋律が割と端整な方向性にあるので、聴きづらが似ている「現代音楽」と言われがちだけど、いわゆる作曲を介さない演奏表現である以上、現代音楽とは言えなかったりもする。
関わるプロジェクトによっては、演奏に何らかのルールが加わると、たとえ譜面が無くとも「曲モノ」という捉え方になる人も居るし、実際、それも間違いではないので否定も出来ない。

そんな風に、誰かと組みする時は、作品創作自体よりも、都度発生する様々な「言葉合わせ」にエネルギーを使う事も多い。
長く表現活動を続けていても、初めて組む人には何らかの新世界が詰まっているものだし、それに触れられるのが、表現の糧にもなる。


初めて会う人と向き合う時に、いつも伴う問い。
この人は何者なんだろう?
私はこの人に何者だと思われているんだろう?

高野さんも、きっとそう思って問い続けているはず。

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