CRAZY TANGO DIARY #5 アブラッソが叫ばせる

第39期(2018年6月-7月)

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 いま私は、生涯でいちばん頻繁に男性と抱き合っている。

 ふとそう思いついたのは、5回めか6回めのレッスンを受けたあたりのことだっただろうか。
 その発見に、夕暮れ近づく大通りを歩きながら吹き出してしまった。

 毎週、何人もの男性とかわるがわる抱きしめあっている自分……。

 こんな自分の姿は、今まで一度も想像したことがなかった。
 改めて引いた目で見てみると、やっぱりちょっとおもしろい。

 *

 私が性的関心を抱く相手は、いまのところ男性のみである。
 この「男性」という単語に、「未婚」「25歳以上」などのタグを追加しないと本格的にはグッとこない、というのが正確な表現になるがまあそこは置いておく。

 そんな私は、とにかく「男性とのセクシーな接触」に欠ける人生を送ってきた。具体的に言えば、27歳までキスさえしたことがなかった。

 男性との肉体的交流の記憶といえば、竹の棒で殴り合ったり、関節をキメ合ったりといった部類のことばかり。セクシーな領域の接触については、28歳で元恋人と出会うまで、ほぼなかったようなものだ。そしてその元恋人と別れて以来、特に他の男を触ったりもしていない。

 というわけで、私の人生における、「セクシーな接触」含有量は著しく低いはずなのである。想像するに、瀬戸内寂聴先生の500分の1くらいではなかろうか。

 そんな私が、アルゼンチンタンゴなんてものを習い始めたのだからもはや革命である。

 アルゼンチンタンゴの基本体勢はアブラッソ(抱擁)だ。ペアはお互いの体に深く手を回し、大切なものを守るように抱きしめ合う。もちろん、距離のとり方も踊り方もペアによってだいぶ変わるのだが、基本が「密着状態」であることはたしかだ。

 「セクシーな接触」含有量のあまりに低い人生を送った人間が、接触の機微を共通言語とする官能の国へと足を踏み入れたのである。
 これはなかなかの冒険であった、と当事者としては言いたい。

 教室に通い始めたころ、タンゴの密着ぶりにはもちろんドギマギした。男先生とステップの確認をする度、心が「ぎゃあ」と叫びたがった。

 踊りの体勢をとると、男先生の襟元が私の視界に入ってくる。たいていその襟の、一番上のボタンをにらみつけたまま私は踊る。しかしそうすると、女先生の注意が飛んでくる。

「みきさん、顔が相手から逃げて左に傾いてる〜。首まっすぐにして!」

 逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……。
 定番の呪文を念じながら、私は3cmばかり頭を相手の方へと傾ける。

 *

 ここで白状する。

 男性の肉体というものが、長らく苦手だった。

 自覚したのは25歳頃のことだ。
 その頃になってようやく、男性がくっついてきたり触ってきたりしたときに、感覚を「無」に近づけようとしている自分に気づいた。

 実際に黙るわけではない。どちらかといえば愛想よく、陽気に対応するタイプである。だけど頭の半分がなぜか沈黙している。

 そういうときの私の頭の中には、相手を好きだとか嫌いだとか、楽しいとかめんどくさいだとか、そういった感想が浮かぶ余地がないのである。ただただ「……。」という感じが続く。それがときたま「……!」になったり「……?」になったりはするが、それ以上の詳細が心に響いてこない。心が叫びたがらない。

 基本的には短気な乱暴者なので、痴漢や暴漢に対しては遠慮なく怒りを表明し、立ち向かえる。が、そうでない、つまり一般の男性たちに対してはいつも虚無なのだった。

 男性との接触に、そもそも興味のないタイプならそれでもよかっただろう。初体験年齢が遅いとか、そんなことも気にしてはいなかった。でも私は、男性と距離を詰めていき触れ合うことに関心のある女だった。恋愛や結婚といった取り組みにも憧れがあった。

 となれば今の状態はまずい。眼の前の男性に対して何の感想も意見も欲望も抱けない、いや、抱かないようにしている状態では、距離を詰めるも婚姻届もあったもんじゃない。

 このままでは私は、誰も乗り込めない無敵艦隊から沈没した幽霊船へ、あるいは物言わぬ鋼鉄の処女からやはり物言わぬ白骨の処女へと移行するだけだ。この沈黙の艦隊を止めるための、何らかのプロジェクトが必要だった。

 だから20代後半は、それにかなりの手間を費やした。まず試みたのは、男性との接触を増やすことである。婚活パーティで知り合った男たちとデートをしたり、銀座でホステスをやったり、新しい習い事をしてみたりと、思いつくことはいろいろとやってみた。

 最初の数年は、まったくうまくいかなかった。
 自意識の沼の中でひたすらもがく日々だった。
 
 
 ……そしてもがいていくうちに、私は少しずつ思い出していくのである。

 中学生のとき、通っていた剣道道場の師範にセクハラめいたことをされていたこと。
 またそのさらに前、三人きょうだいの長女である私を「長男」と呼んでドチャクソ厳しく、カジュアルにぶっ叩きながら躾けていた父という最恐の「男」がいたことなんかを。

 ここでようやく私は悟る。

 そうか、怖かったのか。

 あまりに単純なその結論に納得できたのは、恋人ができて鋼鉄の処女自体はかろうじて脱し、30の峠が見えてきた頃のことだった。

 *

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 おかげでタンゴをはじめたての頃も、私の体は、踊り相手の男性からとにかく逃げようとした。

 その「逃げたがりぶり」は、自分でもおもしろいくらいだった。
 精神がいくら押さえつけようとしても、肉体はごねるのだ。
 「圧倒的に向こうの肉体の方が強い、しかも先手(リード)を取っている」という事実の前に、私の体はどうしても萎縮し、恐怖し、恥ずかしさをおぼえるらしかった。

 しかしその羞恥心こそが、私に、自分がいかに男性に対して劣等感を持っていたのかをきっぱりと、しかも優しく教えてくれた。

 私は男性の体が怖かった。
 なぜなら、それに自分が脅かされている感覚を持っていたから。

 それに対抗しようとしていた時期があった。
 中高はずっと武道に入れ込んで、筋トレばかりしていた。
 相手より先に動きたいといつも焦っていた。
 率先してリーダーポジションをとった。

 それはつまり、自分より肉体的に強く、自分より先に動く、自分より立場の上の人間にはかなわないという前提のもとの努力だった。

 私が男性に対していつも「……。」状態になっていたのは、生身の男性に肉体的に距離を詰められると、ただの女である私にはもはや為す術がなかった(ないと思っていた)からだ。

 私に勝ち目はない――その感覚が悲しくて。

 その「敗北」を直視しないようにと、私の頭はひたすら「無」を向いていたのである。

 *

 タンゴを踊る限り、頭と胸は常に相手の方に向けていなければならない。虚無を相手には踊れない。

 男先生の襟のボタンをにらみながら、女先生に首の角度を注意されながら踊るうち、私の思う「敗北」が妄想にすぎないことが、頭ではなくまず体の方でわかっていった。

 肉体的に強いのがなんだ。
 先手を取っているのがなんだ。
 それら自体は、「ただそうである」以上の何でもない。

 そんな、理屈ではとうの昔にわかっていても体の方が納得していなかったことを、その体がようやく受け入れ始めたのである。そして日に日に、体は先生から逃げなくなっていった。

 完全に平気になったわけでは、たぶんない。
 そもそもまだ初心者なので、誰と組む前にも、「私はとんでもないドヘタクソだったりしないか」「手汗をかいちゃいないか」「私の頭皮は臭くないか」といった基礎的な恐怖に苛まれる。

 それでも、前より「敗北感」は無くなったと思う。
 なぜそうした変化が短期間で起きたかといえば、ひとつにはタンゴが、第三回の記事で書いたように、「伝える・受け止める」だけで出来上がっているダンスだからだろう。

 リードは、したいことを全てこちらに伝えてくれる。私の嫌がることはしない。

 その信頼を私は、練習の中で自分の中に育てつつある。先生たち二人のダンスの美しさが、花の蜜が虫を招くように、私を「相手を怖いと思わない世界」へと誘うせいである。育てた信頼は、教室以外の場でも「使える」ものになっていくのだろうか。

 *

 まだ25、6歳の頃、二人で食事をした少し年上の男性に、渋谷のバルでこんな話をされた。細かい言い回しは忘れたが内容的にはこうだったと思う。

「人と人が、リラックスして触れ合うというのは素敵なことです。お互いを信じて身を任せ合うのは楽しい、すばらしい体験なんです。怖がる必要ないんですよ」

 そのとき彼は、私の手を握っていた。オトコと触れ合うのは苦手でして、と言った私に彼は「じゃあとりあえず握手だけしませんか」と提案し、私が差し出した右手を向こうは両手で包み込んできたのである。なるほどこれはうまい、と私の心は膝を叩いた。しかし体の方は逃げた。なお彼はまったくの紳士だったので、それ以上何かしてくるようなことはなかった。

 彼と「すばらしい体験」とやらをしたいとはその時まったく思わなかったわけだが、彼の話してくれたことは妙に心に残っている。

 怖がるな、と言われたって怖いもんは怖い。
 ただ、「怖くてもそれを乗り越えてみたい」と思う瞬間というのはたしかにある。勉強でも、剣道でも、仕事でもあった。私が、「トーキョー」という幻想の実態を確かめてみたいばかりに、無一文になる恐怖を乗り越えて上京したのはちょうど7年前の7月のことだった。

 恐ろしくも愛おしい、男性というものに対してのこの恐怖も、いつか乗り越えたいと思う日が来るかもしれない――。

 そんな期待自体は、20代の頃からずっと持ち続けていた気がする。
 
 
 いま私は明確に「これを乗り越えたい」と思っている。
 「男的なるもの」の体現者であるリードとの距離を、1ミリずつでも詰めていきたい。

 もちろんまだヘタクソすぎて、男先生や他のレッスン生と踊っていて「リラックス」はなかなかできないし、全面的に信用するということもできない。

 それでも「すばらしい体験」のかけらのようなものは、踊りの中で度々私の目の前を横切る。
 そして感じるのだ。沈黙でもうめき声でもない何かを、私の肉体が叫ぼうとし始めているのを。

 私は耳を澄ませて待っている。
 それはきっと官能の国の、いちばん簡単な挨拶に違いない。
 
 
 

今日のおまけミキタンゴ

 というわけで、今日もダンス付き動画で音楽をご紹介。今回紹介するのは、「Mala Junta」です。これは「マラ(あるいはマーラ)・フンタ」と読みまして、直訳すると「悪い友だち」。邦題だと、悪友、とか悪童たち、とかそういう雰囲気になるようです。

 言葉の印象通り、どことなく無邪気さが漂いつつも、薄っぺらくはなくて力強いパートも多い、ノリ良くもしっかりと哀愁の漂う曲。ダンス曲としての人気も高いようです。曲の真ん中あたりで一回音楽の止まる瞬間があるのも構成として面白い。私も好きでしょっちゅう聴きます。

 踊っているペアは、タンゴ世界選手権2014ステージ部門で優勝したフアン・マリシアと、そのパートナーのマヌエル・ロッシ。マリシアは、前回紹介した映画「ラスト・タンゴ」でメインキャストをつとめたダンサーでもであります(なおロッシもちらっと出演している)。見てもらえればわかるんですけど、首から下がかなりごっつくて太いんですよねこの方。顔だけ見るとすらりとした美青年みたいなのに、実は重量系。筋肉大好きの小池としてはグッときまくります。ロッシも肉感的で好き。

 「Mala Junta」は、曲の世界観を反映して、「セクシーな男女の絡み」というよりも「無邪気な戯れ」っぽい振り付けで踊られることが多いようです。この動画もそんな感じ。お互いが相手から手を離したり、フォローがリードに背を向けて踊ったりと、自由気ままな印象を与えます。「悪友仲間」というのも、恋人同士とはまた違うスタイルでお互いを信頼しあい、「すばらしい体験」を共有し合っている関係ですよね。