おうちにかえろう

第42期(2018年12月-2019年1月)

てくてくと歩く私のよこを新宿行きの準特急電車が走り抜けた。

 都心から電車で1時間弱、山と川に挟まれたこの静かな町にアパートを借りたのは今年の夏のことだ。それまで私は部屋をもたない旅人生活をしていた。ダンサーという職業の都合上、どこにいってもホテルが用意されていたから、部屋を借りる必要がなかったのだ。全財産を詰め込んだスーツケースを片手に、世界中の劇場と空港を巡る日々。ツアーがない時期は友人や恋人のところに転がりこんだ。ところがこの夏、事情が変わり、なにがなんでも、いますぐに、とにもかくにも、自分の部屋をもつ必要に迫られた。大急ぎのアパート探しに課した条件はただひとつ、都心から遠い自然に近い場所。場所はどこでもよかった。

 まず初めに思いついたのが高尾山。きっと山がみえる部屋がみつかるはずだ、と。高尾山口駅にある昔ながらの不動産屋が提案してくれた私の条件にあうアパートは、たったの一つだった。店を閉める時間だったから面倒くさかったのかもしれない。不動産屋のおばちゃんに連れていかれたその部屋の窓からは、山と変な形のモニュメント(お寺のお堂かなにか)がみえた。なにかが・・・違う。山の近くに住みたかったはずなのに、実際に山に囲まれて感じる、妙な停滞感。それに変なモニュメントも気になる・・・というわけで、泣く泣く中央線に乗って帰っていたその時。出会いは瞬間、八王子駅の直前だった。「ここにいる不動産屋だったら、もっと情報をもっていそう!なんか栄えてるし!」電車を飛びおりた私は、駅近くの不動産屋で希望の条件を伝え、翌日お部屋探しドライブに連れて行ってもらうことになった。

 「このあたりの雰囲気がすきなので、このあたりに住みたいです。」車の助手席から景色を眺めていた私が言う。「まだ部屋をひとつもみていないじゃないですか。」運転してくれている不動産屋さんが笑う。なだらかな山、たんぼ、広い川、コンビニもみあたらない。道を歩く人は全員老人。地元香川県を思い起こさせるようなまったり感。部屋をみるまえから、このあたりに住む自分の姿が想像できるような気がした。結局わたしはその日のうちに、契約をきめる。その部屋は、少し予算オーバーだったのだが、たまたま家主さんがアパート近くをうろついていて、この部屋に住みたいけど予算オーバーなんです、と話すと、家賃を割引してくれた。その時の家主さんのセリフがカッコよかった。「ここに、住みたいのか?なら、しかたねえな。払えるだけ払ってくれたらいいよ。」

 引っ越しの日、友達に引っ越し手伝いを頼んだ。車を借りようかという話もした。引っ越しとはそういうものだから。でも、実際、部屋に移動するというときになって、スーツケースひとつぶんの荷物しか物がないことに気がつく。そりゃそうだ。私はスーツケースひとつで生活をしてきたミニマリスト。友達に手伝ってもらうことがないやと電話をして、一人でスーツケースをもって電車にのる。空港に行くときと一緒だなと思う。スーツケースひとつをもって、知らない場所へいく。でも、今回は特別だ。だって私は自分の部屋にむかっているのだから。

こうして私は、住みたいと思った場所、住みたいと思った部屋に、住むことになった。職場が近いわけでもない、知り合いも誰一人いない、何も知らない場所。ここに住む理由は、ない。これを縁と呼んでもいいですか?縁と呼ばせてもらいましょう。

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