新しく始めるのに遅すぎるということはない

第42期(2018年12月-2019年1月)

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今年も残すところあと僅かになった。12月23日、北フィンランドの田舎にある実家へ帰って来た。寝不足で気分がやや悪かったが、オウル行きの電車の窓から見えた景色は綺麗だった。畑の上に雪が積もっており、地平線下に没した太陽は空の一部をピンク色に染めた。

実家へ着いたら、家のあらゆる隅にクリスマス飾りが付いてあり、トイレにさえプチクリスマスツリーが置いてあった。カレンダーだけは、12月ではなく、既に1月のページになっていた。母親がネットで買ったちょっとヒッピーなカレンダーで、月ごとに何かポジティブなフレーズが書いてあるものだった。1月は「新しく始めるのに遅すぎるということはない」と言うメッセージだった。

私は以前、新しい年に向けて目標を立てるのが大好きだった。友達とパーティーをすることや花火を見ることよりも、一人でノートへやりたいことのリストや一年の予定を書く方が楽しかった。でも今は何故か違う。新しい年が始まっても、あまりワクワクしない。

それはただ、今年は色々あって疲れたためであるかも知れない。でも一方、自分でも自分の予定に自信を持てなくなった気がする。予定を立てるのが得意だが、実行の段階へ入ると、物事はあまりうまくいかない。

6月にアルゼンチンでビザの更新をしていた時、入国管理局のスクリーンに南米諸国、米国、フランス、スペインなどから移住して来た人々の話が映っていた。みんな写真と共に「ありがとう、これだけ多くの機会を与えてくれたアルゼンチン」みたいなメッセージを送っていた。私は既にその時点でフィンランドへ帰ると決心していたが、アルゼンチンを選んで、何年も時間をかけてそこで新しい生活を作り上げた彼らは何とか羨ましかった。自分でも一つの道を選んで、どんな問題でも乗り越えて進んで行けたらいいなと思う。でも「ここだ、この国に私の居場所がある」と十分に強い確信を持ったことがない。

おそらくどの道も、無限の選択肢の中での一つである限り、私の目にとても美しく見える。でも実際にその道を歩き始めると、落ち着かない気持ちになってしまう。Uターンをしたり、森の中へ入ったり、とにかく予定通りに進んで行けない。

確かに、新しく始めるのに遅すぎるということはないかも知れない。でもこれほど未熟な私であればまた何かを新しく始めてもあまり意味がない気がする。

ちょっと悔しいが、焦っても何も変わらない。だから今年はあまり予定を立てるつもりはない。クリスマスは静かな実家で少し休んで、大みそかにノートやカレンダーは家に置いておいて、ただ友達とヘルシンキのバーでシャンペンを飲もうと思う。そして1月1日になったら、その時思いついた方向へ一歩一歩歩いて行こう。