冬はデジャ・ブ

第42期(2018年12月-2019年1月)

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この連載を始めた時、新しい部屋と8月に戻って来た母国を何とかして心地よい場所にしなければならないと書いたが、気づいたら早いものでもう一月の中旬になり、何もしてない。カーテンもカーペットも購入していない。ちょっと変わったのは、ぱっさりと切った髪の毛だけだが、それだけで気分が変わる訳ではない。

冬のフィンランドの日常について、誰か他の人が書いたら、私より百倍面白い話になると思う。アウトドアが好きな人で、クロスカントリーをしたり、雪に覆われたヘルシンキの街並みや田舎の凍った湖の写真を撮ったりするような人なら、この季節はかなり楽しく過ごせると思う。私の友達で、マイナス10度の日にもジョギングをするような人がいて、毎週走った距離や速度を添えて、冬のスナップをアップしている。もう一人の友達は、寒中水泳に夢中になっている。それに対して私は、ジムへ行くのもやめた。

夏なら散歩もジョギングも好きだが、今年もやはり冬はほぼ引きこもりになってしまったと言っていいぐらいどこへも行かない。今週、ヘルシンキで「Lux」という様々なライトを用いたインスタレーションが街中で観られるイベントがあった。仕事帰りにでもいくつかのインスタレーションを観に行こうかなと思っていたが、友達のインスタグラムでその作品の動画を見て、結局それで満足した。

仕事以外にどこへも行かない故に、最近の日常は『恋はデジャ・ブ』のようなループものになってしまった気がする。あの映画の主人公みたいに、毎朝目を覚ますと、もう一度全く同じ日を迎えるようだ。コーヒーを飲みながら窓から外を覗き見ると、外はまだまだ雪が積もっている。もしかして、私が何とかして冬が好きにならなければ、春が来ないかも知れない。永遠までこのループの中で、この暗くて寒い日を繰り返さなければならない。

そんなのはもちろん馬鹿馬鹿しい話だ。でもよく考えてみると、同じ日を繰り返していなくても、四季は一種のループである。天気は年によって大きく違うこともあるが、フィンランドは大体11月から3月まで冬だと言っていい。一年のほぼ半分を、ただ何とか乗り越えるモードで過ごしていいのか。春が来ても、自分の態度を直さないと、来年また同じことになる。

今月、毎日自宅ヨガをするチャレンジに参加しているが、今日のセッションは「自分の幸せに責任を持つ」と言うテーマだった。それは別に初めて聞く話ではなくて、当たり前だと思うが、私は最近、「冬だから」と言うのを言い訳にすることがあまりにも多かった気がする。どうすれば幸せになるのか、どうすればこのループから自由になるのか、その最終的な答えは未だによくわからない気がするが、季節は何であれ、つまらない日常を送ってしまったら、それは私の責任だ。

少なくともこのコラムでこれ以上冬の文句を書くつもりはない。来週末はクオピオと言う、北サヴォ県に位置する都市に住んでいる友達のところへ遊びに行くので、最後になる次回の投稿は、そのプチ旅行についてでも書こうと思う。