歌・バルトーク・山田耕筰

第43期

ハンガリーを代表する作曲家バルトーク。バルトークは1881年、旧ハンガリーのナジセントミクローシュで生まれた。彼は作曲家としてだけでなく、ピアニストとして、大学の教授として、そして民俗音楽家としても一流であった。そして日本では1886年、山田耕筰が東京に生を受けている。19世紀末、彼らは強いナショナリズムを背景に作曲家として育った。
 
バルトークはブダペスト王立音楽院(後のリスト音楽院)で西洋音楽の教えを受ける。しかし、彼はその後、民俗音楽と出会うことで、今まで歩んできた道とは異なる道を選択する。それは西洋音楽の範疇で西洋音楽を否定し、そして新しい西洋音楽を生み出していくことでもあった。
彼は文明・文化がまだ行き届いていない田舎にこそ、西洋音楽よりも更に古い「真の音楽」がまだ存在していると断定し、その音楽を記録していくことに人生の大半を費やす。そしてバルトークは自分の学んできた西洋音楽に民俗音楽を融合させることで、傑作を生み出していく。
バルトークの出会った民俗音楽とは何だったのか。それは「歌」だった。彼は直に忘れ去られるであろう、田舎に残されていた「歌」たちを五線紙に留め、そしてそれらに伴奏を施し、同じくハンガリーを代表する作曲家コダーイと連名でハンガリーの民謡集を出版する。

私はハンガリーに留学してから、バルトークのオーケストラ作品に精通するためには、ピアノ作品、声楽作品、合唱作品、器楽作品もできうる限り自分で演奏する必要があると感じた。特に声楽曲・子供のためのピアノ曲、ヴァイオリンのための練習曲は、彼の民俗音楽への思いやりが込められているように思う。

そんな折、私はある日本の作曲家の作品に目がとまる。山田耕筰である。私が山田耕筰の残した数々の童謡に出会ったのは、ハンガリーへ来てからであった。一昨年、ブダペストにあるカーロリ大学で、日本の曲を歌ってもらいたいという誘いがあり、私は改めて日本の歌を見直す機会をいただいた。
山田は「この道」や「からたちの花」など、詩人北原白秋と共に多くの童謡を発表しているが、それだけでなく、江戸時代に筝の練習曲として用いられた「さくらさくら」、滝廉太郎の「荒城の月」(原曲は無伴奏)、岡山県に古くから伝わる子守唄に伴奏をつけた「中国地方の子守唄」等、様々な編曲作品が残されている。


「この道」
(2018年12月 自宅の練習室にて、友人のゾルタン・オンツァイ君と)

バルトークと山田、この二人の編曲作品にはいくつかの共通点がある。原曲の要素を損なわず、母国語のイントネーションに重きを置き、伴奏に一切の無駄がない。世の中の傑作は、いつの時代も無駄がなく明白である。二人の編曲作品はシンプルであるが、噛めば噛むほど味が出てくる。私は燻し銀のような作品が大好きだ。

2018年は児童雑誌「赤い鳥」で童謡という言葉が初めて使われてから100年という記念の年であった。「童謡100年」というプロジェクトも立ち上げられた。私もこれから100年、200年と童謡が歌い継がれていってほしい、たくさんのハンガリー人に日本語の言葉の美しさを味わってもらいたい、そのような想いから、困った時のハンガリー在住の「Mr.お人好し」ことよしさんに相談(*1)。昨年の12月から(なんとか童謡100周年に間に合った!)ブダペストにある日本食レストランKOMACHI BISTROで週に3回、日本の童謡や歌曲を、リスト音楽院のピアノ科の仲間の助けを借りながら歌っている。


「村祭り」
(2019年2月 KOMACHI BISTROにて)

私は、文教大学教育学部に在学中に声楽を西 義一先生から学んだが、大学を卒業してから20年間、人前で歌うということは殆どしてこなかった。よしさんにも「KOMACHIでお小遣い稼ぎにでも歌ってみるか?」と、何度か誘っていただいたのだが、今回までは断っていた。「指揮者になるためにハンガリーに来た。色々なことに手を出しては何も大成できない!」と頑なに自分に言い聞かせてきた。
 
しかし、昨年終えた指揮コンクールを通じて、その気持ちに変化が生じてきた。審査委員長の「音楽は敵じゃないよ、もっと経験を積みなさい」という言葉。そしてハンガリーで寿司屋を営む奥山 幸さんに、ある日私は寿司を握る際に、一番大切にしていることは何か尋ねた。

「お客さんと感動を共有することだよ。」

わさびの利いた一言、毎日カウンターを通してお客さんの顔を見ながら寿司を握っている奥山さんだからこその一言だった。奥山さんと話をしていると、損得ではなく、善悪の話に終始するので、とても気持ちがいい。この二つの言葉を得て、私も音楽を通してお客さんの顔を見ながら感動を共有したい、そして音楽の経験を現場で積みたいと思うようになった。

僕は自分の人生が、ひまわりのように太陽に向けて命一杯に花を咲かせて、そして種を残し、散っていきたいと思っている。歌・バルトーク・山田耕筰。これらの出会いを私のライフワークとして精一杯自分のエネルギーを使い果たしたい。

(*1):峯田 慶治(通称よしさん)、好きな映画は「男はつらいよ」全シリーズ