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2F/当番ノート

アントン・ナヌート

当番ノート 第43期

アントン・ナヌート

クラシック音楽愛好家の間では知る人ぞ知るスロヴェニア出身の指揮者である。
私はナヌートと出会わなければ、今も指揮者を志すことはなかったと思っている。

ナヌートとの出会いは、紀尾井シンフォニエッタ東京(現・紀尾井ホール室内管弦楽団)で指揮研究員をしていた時期であった。彼は同オーケストラに召喚され、ブラームスの交響曲4番を演奏した。

私は全てのリハーサルを見学し、休憩中も指揮者の控室にお邪魔し、マエストロがどのように音楽と向き合っているか、垣間見させていただいた。彼はリハーサル中も休憩中も何も変わらなかった。控室ではポケットスコアを片手にずっと鼻歌を歌い、奥様の淹れたビタミン入りレモンティを不味そうに飲み、奥様と口喧嘩。機嫌が悪いのかと思えば、私に一言「いいかい、ショウジ、次は君がいつかこの曲を演奏するんだよ、ブラームスという素晴らしい作曲家の作品を、これからの時代もずっと演奏し続けていくんだよ、そしてこのオーケストラの音は本番までにもっと良くなるから、よくリハーサルを見ておきなさい…。」

ナヌートの言う通り、本番は音楽の神様が舞い降りてきたのではないかと思うほど素晴らしい演奏で、コンサートを聴いている間、私は鳥肌が止まらなかった。コンサート終演後の観客、そしてオーケストラ団員の充実した表情がその全てを物語っていたと思う。

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2013年2月22日 紀尾井ホールにて、紀尾井シンフォニエッタ東京との公演を終えたナヌートと

この演奏会を機に、ヨーロッパで音楽を勉強したいという思いが一層に増し、私は日本を離れる決断をした。ナヌートとの交流はその後も続き、ハンガリーへ留学してからは、彼の母国のスロヴェニア、別荘のあるクロアチアへと3回訪問した。1回目に訪問した際に、アドリア海が見える魚料理の上手いレストランに、彼の運転で車で連れていってもらったが、料理が出るのが遅いとかなんとかで、お店の人と口喧嘩をはじめた。2年後再び訪問した際に、それ以来、そのレストランへは行っていないという事を知った。ナヌートはいつでもどこでも、誰かと喧嘩している。でもなんだかその光景さえ微笑ましい。

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2013年5月26日 クロアチア オパティヤにて

食事が終わって家に戻ってからも、終始音楽の話をしている。一度私は「あなたから音楽を教わりたい」という旨を伝えたが、きっぱり断られた。「ショウジ、ベートーヴェンの音楽はね、何十回・何百回演奏しても、楽譜を読んでいると新しい発見があるんだよ。私の残された時間でまだまだ新しい発見をしなければならないんだ。それにね、僕は学校とか教えることが大嫌い。すぐ喧嘩しちゃうしね…!」

この時代にも、自分の意志に逆らわずまっすぐ人生を歩んでいる先人がいらっしゃることに、私は勇気をいただいた。ベートーヴェンのエグモント序曲を雄弁に語っているマエストロの姿が忘れられない。

夕刻も迫りそろそろナヌート邸をお暇しなければならない時、彼はとてもとても、寂しい顔を一瞬された。その後に「次のショウジのコンサートの成功を祈っている。」と言い放ち、いつになく力強く私を抱きしめ、私を見送った。その後、ナヌートは2017年1月13日に84歳で亡くなった。寂しい顔をしたのも、力強く抱きしめたのも、きっと自分の寿命が少しわかっていたのかもしれない。私もなんとなく、会えるのは最後のような気がしていた。

彼の音楽は、彼の人生そのものだったと思う。童心を持ち合わせ、感情の起伏ははげしく、心温かく、そして豪快に人生を生ききった。お国は違えど、職人気質の頑固親父だった彼に、私は大変親近感を感じ、彼から人生を学んだ。

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2016年8月1日 同じくクロアチア オパティヤ、ナヌートと奥様

毎週執筆してきたこの連載も今回の8回目で最後となる。今日は、来週に控えたリスト音楽院での指揮で出演するコンサートのリハーサルを終え、その後、日本食レストランでの歌の本番も終え、そして最後の文章を書いている。

やっぱり音楽は楽しい。
自分のもっているエネルギーを、全て音楽に使い果たしたい。
プレッシャーに勝手に押しつぶされて、もう死んでしまいたいと思うくらい緊張することもある。
でも、心が洗われるような作品と出会った時の感動を、これからも私は誰かに伝えたい。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

原口 祥司

原口 祥司

指揮者
上野学園大学指揮研究コース、リスト音楽院大学院オーケストラ指揮科修了
ハンガリー・ブダペスト在住

Reviewed by
宮下 玲

原口さんの連載、最終回は、日本を離れて音楽を学ぶ決断をした、決定的な出会いについて。

「自分の意志に逆らわずまっすぐ人生を歩んでいる先人がいらっしゃることに、私は勇気をいただいた」。

彼が出会った「意志」がどんなものであったか、ぜひ最後までお読みください。

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