むねのうち

第45期

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いつも歩いている道の、いつも見ていた建物が、急になくなったり、違う建物になったりしていると、それがなんの建物だったのか全然わかんなくなっちゃうことがよくあります。
昨日も、家の前の商店街のいつものならびにあったお店が急になくなって、壊されかけの建物のところに八月上旬にタピオカ屋さんがオープンします、って貼り紙が貼ってあったんですけどそこがいったいなんのお店だったのか、毎日とおっていたのにさっぱり思い出せませんでした。

記憶力が悪いのかと思うとそんなこともなくて、近視みたいに、小さなことだけ覚えてたりもします。
大学のときに、大学小さかったので、学部内にひとつしか食堂なくて、毎日食べてた大浦食堂っていうのがあったんですけど、そこで使ってた湯のみ茶碗の質感とか今でもじょうずに思い出せます。
変な薄緑色のプラスチックの茶碗で、セルフで銀色の機械からお湯かお茶を選んで注ぐんですけど、変な色だからお茶碗がお茶と同化しちゃうんだよな、とか、機械も適当だったから妙にお茶が濃く出たり薄く出たりするときもあって、どっちにしても全然おいしくなかったな、とか、厚化粧だった食堂のおばちゃんは仕事が終わって着替えると髪をおろして少しよそよそしく歩いていたなとか、一個のところから、ずるずるといろんなことを映像みたいに思い出します。

「まるで昨日のことのように」って言ったりすることがありますが、記憶の濃度は月日のたち方に関係なくムラがあったりして、時系列が全然わかんなくなっちゃったりもするんですけど、大学いたときみんなで学食でごはん食べる時間すごい好きだったから、湯のみ茶碗のこと、よく覚えてるんです。でも具体的になにをそのときしゃべっていたかというと、あんまり思い出せないんですよね。妙に印象に残ることと、通り過ぎちゃうできごとと、取り込む時点でどうにも差がでてしまいます。
なんでこうなっちゃったのかわからないけど、ものの輪郭をきちんととらえて把握する人から見たら薄情者なんだろうなあ、とうっすら感じつつ、タピオカ屋さんがオープンしたら前のお店も覚えてないのに前のほうがよかったなあ、なんて適当に思ったりするんだろうなあと思います。