4/23 夜ノ森にて、かおりさんへ

管理人室の往復書簡


かおりさん
今日のいわきは霧雨で、霧吹きで顔を冷やされているようで、いい気分です。

21日に、夜ノ森(よのもり)という地区に行ってきたよ。
そこは福島の双葉郡、富岡町にある地区。
とおり沿いに桜のトンネルができる名所で、春になると本当に多くの人々がそこを訪れていた。

原発事故のあった福島第一原発からの距離は7~8キロくらいで、今は警戒区域になっている。
桜というか、「場所」って、ひとりひとり、さまざまな場所に思い出があるじゃない。
あの道で好きな人と手をつないだとか、あの自動販売機の前ですごい落ち込んでしゃがんでしまったとか。
はじめてのおつかいは、そこの商店だったとか、あそこのおじいさんが頑固でさ、とか。
わたしは、その場所で、桜というよりも人を見た。

感傷的に書くのはやめたい。
ここはみんなが、いろんなひとが訪れてくれる場所なのだからね。
わたしのこの文章を読んで傷ついてしまう人がいると思うと、胸がいっぱいになってしまうから。
そしてこのことも、感傷になる。
甘い人間だな、自分勝手だなと思うよ。
夜ノ森の桜は、毎年みんなが楽しみにしていた。
わたしが夜ノ森に行くことを知っていた友人が「毎年行っていたし、いまさら騒がなくてもさ」と言っていた。

それでもわたしは、観たいと思った。双葉をできるだけ多く見たいと思った。
そして、アパートメントに訪れてくれるみんなに、見てほしいなと思った。

そこは人が住んでいて、いとなみを送っていた場所。
あのさ、かおりさん。
人は笑うね。
この2日間でさまざまな人と会って、すべてが、自分が何を感じるかすらわからなくなってしまった状況の中で、それでも笑う人は少なくなかった。
開き直りともちがう、あざけ笑うともちがう。

まだ整理がついていない。
わからないけど、なんかそう思った。
わたしは呆然と立っているしかできなかったし、感じてはいたけれど、しかし言葉をかたちにすることができない。
いまも、呆然としている。

かおりさん
わたしの夢には色があるよ。
モノクロームの夢もあるけれど、色がついているものもある。
かおりさんは、小さいころなにになりたかった?
わたしは「きりん」とこたえてしまうような、ちょっと区別のつかない子どもだった。
そしたら、こんなに背が伸びてしまったよ。
カジュアルに念じても通ずるのかしら。