お宮のおばあさん

長期滞在者

 先日、不思議な体験をした。とても暖かい日の夕方、夕食後にAndyさんとちかくの自販機まで歩いていった。比叡山の真上に細い三日月があがっていて、きれいだねなんて言いながら。ふたりで大好きなPepsi NEXを買って帰ろうと思ったのだけれど、ふと気になっていたことをAndyさんに聞いてみた。小学校へは、どの道を通っていたの?今度、一緒に歩いてみようか、ってそれで終わると思っていたのだけれど、いざ家に戻ろうとしたとき、なんとなく流れで小学校まで行くことになった。
 小川を越え、坂道を上ったり、下ったり。小学校時代は高いと思っていた民家の塀も、いまはこんなに低いんだな、ってAndyさんは言った。同級生の家や、書道の教室、わたしにとっては初めての場所なんだけれど、そこでAndyさんは育ったのだなぁ、と思うと、わたしにも懐かしく思えるような気がした。
 小学校の近くの道は、まるで世田谷にある友人の家の近くのようだった。閑静な住宅地に、大きな小学校がどかっと建っている。なんでも、市内で一番古い小学校なんだそうだ。とはいっても、立て直され、かなりきれいな建物になっていたので、長い歴史があるようにはみえなかった。Andyさんもそのことにだいぶ驚いたようだった。
 学校の周りに建つ家も、リフォームしたばかりという表情だった。とても大きな家があって、すごいなぁってただただ感心したり。だけど、中には百年近く、もしくはそれ以上長い間使われているんだろうなというような家もあって、歴史のある町なのだっていうことを感じたり。
 
 小学校を通り過ぎて、明るい道で帰ろうと思った。ゆったりとS字を描いている道。前から、ジム帰りらしいくたびれたお兄さんが歩いてきた。まわりは橙色の街路灯でぼんやり照らされていて、なんとなく「千と千尋の神隠し」みたいな感じだった。そのお兄さんとすれ違った直後、右のほうから背の小さなおばあさんが現れた。目があったので、軽く会釈をすると、おばあさんはゆっくりと、こんばんはぁ、と言った。Andyさんも、わたしもこんばんは、と返した。わたしたちがおばあさんの前を通り過ぎたとき、おばあさんは急に話しかけてきた。

「今晩は、月がきれいですね」

わたしたちは立ち止まって空を見上げた。ちょうどその場所からは、大きな納屋があって月が見えなかった。二三歩道を戻って見上げると、先ほどジュースを買いにいく途中でみた、黄色い三日月が見えた。

「お宮さんのほうからきたんだけれどね、ここに出たら月がみえておどろいた。」

浅黒い顔のおばあさんは、嬉しそうに話した。いい天気ですし、気持ちいいですね、とわたしたち。にこにこしながらおばあさんは、わたしの肩に手をのせて、

「良いことがありますよ」と言った。

そうだといいですね、とわたしたちは笑ってその場を後にした。不思議な人だな、って思って歩き出すと、また右の方の暗がりから声がした。こんばんはあ、と仙人のようなおじいさんが、空き缶を選別しているようだった。またふたりで挨拶して、そのS字の道を抜けた。左手に、さっきのおばあさんが言っていたお宮さんがあったけれど、なんとなくそちらを見るのが憚られて、足早に通り過ぎてしまった。

 そんなこんなで、歩き慣れた大通りまで戻ってきたとき、まるでパラレルワールドから戻ってきたかのような安心感を覚えたのだった。さっきのおばあさん、不思議だったね、おじいさんも不思議だったね、って。夜のアドベンチャーに、興奮冷めやらぬわたし。なんだか、ほんとうに良いことがありそうな予感がしていた。そのあとは、家に帰るまでおばあさんのこと、その日のお月さんのこと、いろいろ空想しながらAndyさんと話した。
 
 

 その翌日、わたしの携帯電話が鳴った。知らない番号からで、いぶかしがりながらも応答した。すると、先日食べにいったラーメン屋さんからだった。そのときに答えていたアンケートの抽選にあたって、3000円分の無料券をもらえることがわかった。へぇ、こんなことあるもんなんだなぁってAndyさんと話していたら、Andyさんにも電話がかかってきた。まさかと思ったけれど、同じラーメン屋からで、Andyさんも抽選に当たったのだった。ふたりで顔を見合わせて、マジ?すごくない?ってひとしきりはしゃいだ。
 ところが、それだけでは終わらなかった。夜、Andyさんのお母さんから電話がかかってきた。なんと、Andy母も抽選に当たったのだという。そのラーメン屋には、三人でラーメンを食べにいった。そして、三人とも抽選に当たるなんて、そんなことある?信じられない、とわたし。Andyさんは、でも、そんな気がしてた、なんて言い出す。
 ふと、昨晩会ったおばあさんのことを思い出して、ぶわっとした。「良いことがありますよ」って、もしかしてこれのことだったのかしら。そうAndyさんに言うと、これも嬉しいけれど、もっと良いことだったらよかったのに、と笑っていた。わたしたちの手元には、9000円分のラーメンの無料券があって、それを6月末までに使い切らないといけない。どうやったら使い切れるだろうか、と贅沢な悩みを抱えることになったのでした。