日記

長期滞在者

3月26日
門下の試演会。試験とは違うのだし、たかだか1曲弾くだけだと思っても、緊張して落ち着かない。
弾き過ぎないように指を慣らしてから、支度をして家を出る。
途中、Gからのメッセージを受け取る。「N’oublie surtout pas de t’amuser(とりわけ、楽しむことを忘れないで)」
まるで側にいるみたいに、つめたくなっていた指先に暖かみが戻るのを感じ、すぅっと頭のてっぺんから何かが下りていった。
翌日、先生から写真とともに「C’etait bien ton Mozart」のメッセージをいただき、それが大した賛辞ではないと分かっていつつも嬉しかった。

3月28日
朝から夜中までの一日。
9時、学校にて室内楽の合わせ。目下、学年末の試験に向けて2タイプのものを用意しなくてはならず、今取り組んでいるのはマルティヌーのピアノトリオ。
音源を聴く限りでは、テンポが早いことと音の跳躍が激しいということが厄介なくらいでそんなに複雑には思えなかったのだけれど、いざ合わせてみて私達は3人とも途方に暮れた。合っているのかどうかすら判断できない。
そのまま10時15分からのレッスンに「先生助けて!」と駆け込み、まるで音取りの段階ででもあるかのようなテンポで合わせ、「正解らしき」ものをなんとか得ることができた。
このN先生、とてもいいレッスンをして下さるので大好きなのだが、はじめて会った時、私には彼女がメグ・ライアン(若い時の)にしか見えなかった。そっくり。

午後2時、学校外のY先生のレッスンを受けに行く。
この日ははじめてのレッスンだったのだけれど、受ける前から確信していたように、長い間探し求めていたものだった。
ちょうど裸眼でぼやけていた景色が、コンタクトを入れるとぱっとクリアになるみたいに、目の前にあったのに見えていなかったんだなぁと思った。
Y先生とはちゃんとお会いしてお話したのはパリでだけれども、実はもっと昔、私が小学校低学年だった頃にお会いしている。
だからこれはちょっと感慨深い再会なのだった。
帰り道は身体も楽器も軽かった。嬉しくて。楽しいレッスンというのはなんて素敵なのだろう!

夜8時。
友人の仕事仲間の誕生日パーティー。
そこには私の知り合いはひとり(一緒に行った友人を除いて)しかいなかったけれども、ここでの集まりはいつもそうであるように、私が日本人で見慣れない顔でも誰も気にしない(というか、不審がられない)。
日本と関わりのある人物が2人いた。
ひとりはフランス語と日本語の通訳をしているというフランス人女性(名前は忘れてしまった)で、職業柄不思議ではないことかもしれないが、完璧な日本語を扱う。彼女の旦那さんは日本語を話せないけれど聞くのは大好きだと言って、側でにこにこしながら聞いているのだった。
それからMという、変わった男性。どう変わっているのかを説明するのは難しいけれど、自分の世界を持っているタイプの人物で、美しいのに、美しいという印象を残さない人でもある。
彼は日本人男性の友人と音楽を作ったりしているらしく、日本にも行ったことがあるという(でも日本語は全然話せない)。
「これはなんていうの?」と聞かれた場所というか、建物があったのだけれど、私にはそれがなんだか答えられなかった。
最初はカラオケボックスのことかと思ったけれど歌う場所ではないらしく、その次に漫画喫茶(あるいは24時刊営業のインターネットカフェ)かとも思ったがそれもハズレで、結局今に至るまでそれがなんだか分かっていない(今となっては正確に彼がどう説明したかということも思い出せない)。
Mさんという日本人女性にも会った。
彼女は写真を使った作品を作っているアーティストで、パリには10年以上も住んでいる。結婚はしていないが、ふたりの子供とパートナーと一緒に暮らしているらしい。
これで、この国で結婚もせず10年以上暮らしている日本人を少なくとも4人知っていることになる。いい確率だな、と思う。私にとってだって不可能なことではないはずだ。Pourquoi pas?

この日の主役はフランソワという男性だ。ここだけ具体的な名前を挙げるのには理由がある。
フランソワという人物に会うのはこれで3人目、フランス人男性の名前の代表格でもある(女性ならフランソワーズ)。
フランス人の名前と言えば思い出すのは、執事と暮らすことが幼い頃の夢だったということ(具体的に執事というものが何であるのか、どういう必要があるものなのかなど考えようもなかった)。
そして彼の名前はピエールかセバスチャンに決まっていた。
というよりそれらは私の中で名前というよりも、執事そのものだった。
映画か本かのどちらかから執事というものを知ったに違いないけれど、名前についてはどこから引っ張りだしてきたものだか謎だったので調べてみたところ、ヨハンナ・スピリの「アルプスの少女ハイジ」に出てくる使用人のセバスチャンがイメージの元になっているようだ。
ピエールについては未だに謎。

3月31日
夜8時、友人宅に招かれる。
JとWというゲイカップルである彼らの家には以前にも一度夕食に招かれていて、Wは私を見るなり開口一番「Vous etes vraiment bell(あなたは本当に美しいですね)」と言って友人と私を笑わせた愉快な人だ(ゲイに真剣な顔で「美しい」と言われるのは、なんとも奇妙なことだ)。
目下彼らの家にはJのいとこであるCが仕事のために居候していて、この日は彼女の23歳の誕生日パーティーだった。
Cは金髪でスタイルのいい美人であり、感じがよくて、大人っぽい。
アジア人以外の人はたいていそうであるように、実年齢よりも歳上に見えることが多いけれど、彼女の場合はたぶん本当に成熟している。
はじめて会った時も思ったことだけれど(今日は2度目の再会)、少し冷めた視線というか、距離を保つことを常としている人だなと思う。大人に混じっていても違和感を感じさせない。
私は彼女を好きだなと思う。
宴はシャンパンに始まり、ローストビーフやラタトゥイユやチーズをパンやワインと共に食べ、デザートにはレモンのタルトとデザートチーズにベリーのソースをかけたものを食べた。どれもとても美味しかった。
Jは無類のクラシック好きで、その間中ずっとかかりっぱなしなのだけれど、みんなの話し声を聞こえやすくするために必ず誰かが音量を絞らないといけないのだった。
お腹が膨れてワインが回ると、みんなどんどん陽気になって、変な踊りに興じたりした。
奇妙で楽しい夜だった。

4月4日
9時、ここ最近習慣となったレッスン前の室内楽の合わせ。私達はトリオなのに、3人揃って合わせができる時が少ない。この日もピアニストとふたり。
10時15分、レッスンの時にフルーティストが合流。
自分たちだけで合わせているとこんなに心許ないのに、先生と一緒だとたちまち勇敢な気持ちになれる。音量のバランスやリズム感について、音程のことなどポイントを拾っていくだけで、驚くほどすっきりとする。
フルートと一緒なのでより音程に気を遣わないといけないこと、音量のバランスのことは要確認、と頭の中のメモに書く。

4月5日
友人宅で、その友人のRと一緒に3人でご飯を食べる。
彼も日本に行ったことがあるという親日家で、私は夕食にお味噌汁を添えることにした。玉葱とじゃがいもの組み合わせは母が良く作ってくれたレシピ。
これは大層彼の気に入った。「Excellent(素晴らしい)」だそうだ。

4月11日
メトロが大混雑の日。Saint-Lazare駅に人が溢れ返っていて、結局3本見送ることに。
幸運なことにピアニストも同じ電車だったので待たせることにならずに済んだのだけれど、合わせの時間はあまりなく、そのままレッスンを受けに。
バカンス前の最後のレッスンなのにフルート抜き(彼ははたびたびロンドンまで別にレッスンを受けに行っていて、しょっちゅういないのだ)。
マルティヌーはチェコの作曲家だけれど、パリでルーセルというフランス人作曲家に作曲法を習ったというだけあって、響きがフランス寄りだ。
硬質で、混ざらない。
全体的にはいい緊張感を保った調和・不調和で構成されているので、それぞれのパートがしっかりと自分の役割を果たさないとめちゃくちゃになってしまう。
帰宅後、試験のためのエントリーシートをインターネット上で作成。
全部フランス語なので、やり方や注意書きなど辞書とにらめっこしながらやっていたら、結局2時間近くもかかってしまった。

4月12日
野菜のポタージュのレシピ。
玉葱、じゃがいも、にんじん、長葱、いんげんを大鍋で全部炒めてから少しの水を足して、しばらく弱火にかける。
柔らかくなったらミキサーに投入。
味付けはほんの少しの塩だけ。
たまたま冷蔵庫に残っていた大葉をきざんで足したらちょっとオリエンタルな香りになって食欲をそそる。
食べる時に好みで豆乳仕立てにしてもいい。
そのままでももちろん美味しい。

アンディーヴの漬物のレシピ。
アンディーヴを好きな厚さの輪切りにして、塩もみしてレモンを絞ってブラウンシュガーをほんのひとつまみ、しばらく置くだけ。
白菜の漬物が食べたいと思って思いついたこれは、ちょっと苦味のある白菜みたいで、私はすごく好きだ。

4月14日
Y先生のレッスン再び。
試験用に選択した4曲全てをちょっとづつみていただく。
自分の癖が何でどうすれば良くなるのか、どんなに厄介そうな楽譜でもコツがあるのだということが分かって少し整理された気持ちがする。
解決法があるということは心を強くする、と思う。