みずはいのちのみなもと 3

長期滞在者

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デスモプレシン試験ー

入院4日からは、実際に薬を使って症状を抑えることができるのかを検査することになりました。デスモプレシン点鼻薬を投与し、バソプレシンが下垂体から分泌されるのかを確認しつつ、この薬で症状を緩和できるかを調べるための試験となります。デスモプレシンは、とても原始的な点鼻薬で、細い透明のチューブに薬の分量を測る目盛りがついていて、チューブの端から必要な分量の薬を注入します。片方の端を鼻の中にいれ、もう片方の端は口にいれ、吹き矢のように息を吹き入れることで、薬が鼻の中に入って粘膜から吸収される仕組みになっています。

初めての薬の投与は、担当医3人と、看護師に見守られながら、儀式のように行われました。そこからは、30分おきに採尿を行い、その都度の検査結果を比較し、薬の効果が表れているかを調べます。何度目かの採尿が終わった後、主治医が検査結果を持って、病室にやってきました。検査の結果は良好で、薬の投与一時間後には、尿の浸透圧が高くなっていて、効果が出ていることを示していました。そして、その結果は、これら一連のおかしな症状の原因がはっきりしたということを示していました。

デスモプレシンを使っている間は、嘘みたいにトイレの回数が減り、喉のひどい渇きもなくなりました。数ヶ月ぶりに”普通”に身体が機能していることに、戸惑いを覚えるほどで、正常な尿の排泄量に、これでだけで大丈夫なの?って心配になったりもして。なにより、目を覚ますことなく一晩まるまる眠ることができたことで、いかに自分が疲れていたのか、いかに消耗していたのか、いかに感覚が麻痺していたのか改めて気づかされたのでした。少しずつあるべきところに収まっていくのが、不思議にすら思えました。

薬の量は少量でも十分な効き目が出ていることもあり、予定通りに退院できることになりました。病名も明らかになり、症状を抑えることもできるようになったので、それだけでも気持ちは晴れやかなものです。すべての結果が出るのに1ヶ月程度時間はかかるとしても、治療方法は明確になった、それだけでも大きな収穫でした。

土曜日の朝、白くぼんやりした空が眩しい日に退院しました。一週間ぶりに外界の空気を吸い込んだとき、見慣れた新宿の街が、なんだかとても眩しくて、新鮮だった。がやがやした喧騒も、目眩がするほど多い人々も、懐かしいのに目新しくて、なにかが入院前と決定的に違っているような気がしました。

退院してからー

新しい生活は、体重を測ることから始まります。デスモプレシン点鼻薬を使うと、これまでは飲んでも飲んでも排出さてれてしまっていた水分が体に留まるようになるので、今度は水中毒にならないよう、飲水量に気をつける必要があります。飲水量を把握する方法として、体重の増減を毎日確認することが大事になります。前日の体重から、3kg以上の増加があったら、すぐに病院に連絡する。

人間の身体は不思議なもので、体重が増えている日は、朝目覚めたときの顔のむくみがひどかったり、手足が普段よりぶよぶよしていたり、如実に身体に現れるものです。注意深くしているせいか、身体の小さな変化にも敏感に気がつくようになりました。

入院前は、原因がわかって治療を開始したら調子がどんどん良くなっていくだろうと思っていたのですが、喉の渇きも、トイレの回数も以前に比べてものすごく改善しているはずなのに、なぜだか何かがおかしいという気がしていました。おかしな話だけれど、薬が効いている間は、妙に落ち着かない気持ちになり、なにかが違うと感じていました。目に見えない、何かにまとわりつかれてるような、それこそ蜘蛛の巣にひっかかって、なかなか糸から逃れられないような、気持ちの悪さがありました。

薬の効果が切れはじめ、喉の渇きが強くなり、トイレの回数が増えていくと、すーとその気持ち悪さは引いていきます。そうだ、この感じ。これがわたしだ、とそんなことに妙に安心したりして。こんな感じなら、薬はいらないんじゃない?って思うこともありましたが、薬を使わずにいると、どんどん体力が奪われ、消耗していく。薬を飲んでいるときの違和感に慣れたらきっとましになるだろう、って自分自身に言い聞かせる日々でした。3ヶ月近くの間、大量の水を飲んで、大量の尿を排泄することに、身体も心も慣れきっていて、当たり前になっていたから、急な身体の変化に心がついていけなかったのだと思います。

点鼻薬から経口薬にシフトしたときも、しばらくは副作用に振り回される日が続きました。改善しない二日酔いのような吐き気とめまい、頭痛。だけど主治医には、この薬の量なら副作用はでないはずだと言われ、自分の感じているこの違和感はなんなんだってしばらくもやもやする日が続きました。だけど、慣れというものはやっぱりすごくて、2ヶ月薬を飲み続けていると、以前感じていた違和感は薄れ、副作用も治っていきました。たまに、どうしようもない気持ちの悪さに襲われて、体調が悪くなる日もありますが、わりと平穏にときは過ぎています。

難病になったことで、仕事も無理しない、私生活でも無理しない、そんなスタンスに変わってきています。しんどいなと思ったらまずは一旦休む。そういうことができる職場にいるということも大きいのかもしれないけれど、なんだかんだうまく物事は進んでいると感じます。ビザの更新と、難病申請のタイミングが重なって、どうなるかわからないヒヤヒヤ感からはまだ解放されてはいないけれど、それもうまくいくだろうと楽観的に考えるようにしています。病気になったということが、自分にとって新たなアイデンティティになり、私を形作る大きな要素になっていくのだろうということは、今の段階でも嫌というほど強く感じているし、この先の数十年で、病気と私の関係はきっと変化していくだろうとも思っています。その都度、きちんと受け入れて、前進していく強さがわたしにはあるはずなので、今はそんなに怖くない。

毎日、何かにつけて思うのは、人間の身体っていうのは絶妙なバランスの上で成り立っているということ。そして、みずは生きるものを生かしもするし、殺しもすることの不思議。わたしは薬の力を借りながら、その絶妙なバランスを維持するために、起き上がり小法師のように、フラフラしながら前に進んでいるっていうこと。