扉のない芸術祭

長期滞在者

いわき市小名浜に「芸術家のいない芸術祭」と自称する芸術祭がある。
小名浜本町通り芸術祭
今年で4回目になる、小名浜の一般市民による町中の道端や建物を飾った手作りの芸術祭。

実行委員長は小名浜出身・在住の高木市之助さん(37歳)。
前職であったかまぼこの貴千ではウェブデザイン・パッケージデザイン、商品開発などを担当し、自身でも地元フリーペーパーの表紙デザイン、小名浜さんま郷土料理再生プロジェクトのロゴデザイン、プロジェクションマッピング制作・監修など地元に密着した活動は幅広い。

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福島県立内郷高校(現福島県立いわき総合高校)に入学後「楽な部活だったから」という理由で美術部に入部。美術部では他の男子部員とスリッパで卓球を行い女子に叱られ2週間で退部した。信藤三雄氏のデザインに影響を受け、仙台デザイン学校で基礎を学び、のちに独学でパソコンでの映像制作やデザインを習得。

彼のもとに集まる芸術祭実行メンバーは小名浜にあるオルタナティブスペース「UDOK.」(以下UDOK.)メンバーをはじめとした20代~40代の一般市民で、彼らもまた仕事を持ちながら写真撮影、クラフトアートや書道などさまざまな活動をしている。
皆に共通するものは「小名浜」。

これまでも小名浜本町通り芸術祭では、プロジェクションマッピング「ONAHAMA MAHOU PROJECTION」や、リリックから作曲、MV出演・撮影・制作まで自主監修のラップ「小名浜COLOR」などを制作。
彼らが制作するモノはすべて地元「小名浜」に土着したものばかりで、同じいわき市民でも小名浜出身でない私は、ここまで地元を愛しているかと言えば自信がない。

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(ONAHAMA MAHOU PROJECTION 写真提供:高木市之助)

10月9日(日)10日(月)に今年の小名浜本町通り芸術祭は開催された。
今年のテーマは「祝!49周年!小名浜名店街共同組合創業&小名浜ショッピングセンター誕生」。

小名浜で昭和42年、地元の商店会有志による小名浜ショッピングセンターが創業された。追うようにして昭和44年、小名浜名店街(現タウンモールリスポ)がやはり地元商店主による組合により創業。
いわきどころか全国でも断トツに独特の表情をもった地域の商店による地域ならではのお店が立ち並ぶふたつの建物の中に入った地元の商店街。
高木さんは今年の芸術祭のテーマを、地元密着型の「地元寄合型複合施設」タウンモールリスポに目を付けた。

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(資料提供:小名浜本町通り芸術祭)

今年のテーマが地元に土着どころかめりこんでいるのは、ちょっとした洒落もあった。

いわき市制50周年の今年、いわき駅のある平の街中ではさまざまな周年イベントが大々的に開催された。
そして小名浜本町通り芸術祭では、一般市民が限られた超低予算のなか、彼らの思い出が詰まった商店街の49周年を独自に祝うと言う。エッジのきいた話だと俄然興味を持った。

「今年はやんねえかと思ってたんだよね。なんかやんなくてもいいかってテンションになってた」
高木さんは芸術祭終了後、いつもの朴訥とした口調でそう語っていた。
「去年おっきくやっちゃって、ぐーんとテンションが下がっちゃったっていうか。でもそういえばリスポ(旧小名浜名店街)が49周年だって話になったとき、これだ!ってなったんだよね。俺らの出番じゃね?って。去年はプロジェクションマッピングもあって負担がすごかったから、今年は自分たちにできる範囲のことでやれることをやろうって決めて。小さくてもできることがあるって。」

小名浜を愛する彼に稲妻を走らせたもの。
スピードを増して変わってゆく小名浜の風景。
空き缶の音がする「あの頃」への夕方色の想い。
いいところもわるいところも、丸ごと受け止め、地元に住む彼にしかできない地元「小名浜」を、彼は今年、リスポでデザインしようと決めた。

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地域にこだわる高木さんが率いる芸術祭実行委員会の企画は一貫していて、扉は常に開かれており、すべて道端や建物の外側で展示・開催される。

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商店のシャッターを借りて道端に自分たちの撮った小名浜の写真を飾る「はみだしぎゃらりぃ」。
自身たちで作詞したオナハマリリックパンチラインによるラップのリリックも各所シャッターに貼り出される。

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地元の協力を得るために彼らは町中に散り、走る。
切り抜かれた日常の風景を、道を歩けば誰もが見られるように。

芸術祭当日。
今年のメインは顔出しパネル。
リスポの中にある慣れ親しんだ高木屋のチーズドックとコーラフロート、ハンバーガーれたすのハンバーガー、リスポ本体の顔出しパネルを、断熱材に紙を貼り、水彩絵の具で描き作った。
それらをメイン会場である公園に設置。道行く人はチーズドックだ!と笑い遊んで写真を撮った。

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去年からはじまった「オナハマリリックパンチライン」では今年、リスポをテーマに楽曲制作。タイトルは「R・E・S・P・O~いつもここにある~」。ジャケットもスプレーで描きすべて手作り。
DJブースを会場に運び新曲発表ライブをし、CDは49枚限定で販売した。

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リスポの協力で昔の名店街の写真や折り込みチラシを借り受け、展示。このゾーンは昔を知る町のひとが足を止め指で縁取るようにじっと見つめる姿もあった。

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カメラマンのメンバーはリスポの協力を得て今のテナント店の皆さんのポートレートを撮り、額装して展示。

それらを展示するふたつのテント(商店街から借りた)には、リスポと小名浜名店街のハリボテを、近所の電気店からもらってきた段ボールに絵の具で描き模り設置。
公園に小さなリスポと小名浜名店街が現れた。
同時にUDOK.で不定期に開催されるフリーマーケット「シオカゼマルシェ」も開催。公園にはさながら屋台のマルシェにひとが賑わう。

芸術祭を見に来たひとも、町を歩くひとも立ち止まり、事故的に出会える懐かしく、あるいはなじみのある風景を眺め語り合う。

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町中に俺たちの地元を飾ろう。町の人も巻き込んでみんなが楽しめるものにしよう。地元の良さを再確認できるものにしよう。地域まるごとで遊んでしまおう。

準備期間を含め私が見たものは、自分たちが発信したいことを最大限できるように工夫する彼らの姿であり、町への愛であり、同調ムードになりがちな地域発信への射るような毒っ気で、それは誰に刺さってもこそばゆく気持ちの良い毒だった。

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私は芸術がなんたるかを知らない。
しかしこれは確かな祭りだろうと思った。ハリボテや顔出しパネルはみんなの心を担ぐお神輿であり、地元だらけのリリックで進行するラップはお囃子だ。
ライブの最中、DJブースの後ろには小名浜支所長の姿があった。缶ビールを手に、顔を赤くして、つま先でリズムを打ちながら小名浜を綴るラップに耳を傾けている。いい風景だった。

高木さんは語る。
「俺も含めたここにいるひと(実行メンバー)は美大出身じゃないから、芸術とかよくわかんなくて、実際本町通り芸術祭を芸術か?と言われたら自信ない。でも地元で地元のことなんかやりたいってみんな思っててさ。UDOK.って場所があって、コンテンツがあったからみんな集まってくれて、できた。俺実際なんかしたかって、別になにもしてないんだよね。みんなでつくったから。だから芸術祭のことで俺が、ってなるとそれも違う。」
だが彼の血に流れ、小名浜路地裏精神からくる毒っ気は洒落がきいていて、その吸引力と地元への想いがうまく重なって、メンバーを動かしたのだろうとも思う。

芸術家のいない芸術祭。

限られたメンバーで、限られた低予算で、限られた時間のなか、夜な夜な集まり皆共通した地元のなにかをつくろうとする姿はそのものがクリエイティブであったし、気がつけば私も準備に混ぜてもらって、ああでもないこうでもないと床に張り付いていた。

芸術家のいない芸術祭は、だからこそ、だれもが芸術家になれる芸術祭なのだろう。
そしてだれもが屈託なく足を踏み入れることができるもの。

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小名浜本町通り芸術祭は、来年どんな姿を見せるのか。
そして高木さんは今後、地域をどうデザインし、盛りつけてゆくのだろう。

「はるちゃん、見て」と高木さんが指差した先に、シャッターに展示された写真を眺めるおじいさんの姿があった。
「見てくれてるね。で、だいたい知ってる近所のひとだったりする。俺、こういうことでいいんじゃないかって思うんだよね」と高木さんは笑った。

今回の芸術祭の総予算は5万円だったそうだ。