ユナカイト

長期滞在者

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 セイヨウニンジンボクのトンネル、淡い緑が曇り空にもよく似合う。比良おろしが吹いて、木々が風に揺れる、暴れる。吹き付ける風の中に、微かな二度咲きの金木犀が香る。山の向こうから雨が流されて、しまける。小さな柚子の木には、数百をゆうに超えそうな数の柚子、柚子、柚子。懐かしさと言い様のない寂しさがこみ上げて来る。懐かしさはなんでいつも寂しさを伴うんだろう。

 滋賀の秋はとても美しい。吹き始める山風が冷たくて、筋肉がきゅっと縮こまるようだけど、毎日表情が違って見えるし、この風のおかげで近江舞子の水は一年中澄みきっている。五月の新緑もたまらなく好きだけれど、秋の静かな庭の顔は、みていてちっとも飽きない。なにせ実りの時期だから。だけど、冬の始まりには不安が伴う。葉は枯れ落ち、多くの植物たちは休息のときに入る。そんなときに思い出すのは、デメテルのこと。ハーデスに奪われたペルセポネを思って、悲しむ豊穣の女神の悲しみ。

 去年の今頃、パートナーと半年間離れて生活することになった。パートナーの出発の時期、これからの新生活がどうなるのか、不安がたくさんあった。わたしは冬になると鬱の傾向が強くなるし、滋賀県でひとりぼっちで冬を迎えることが実はすごく怖かった。だって、秋の寂しさは冬には逃れられないものになるから。このまま、春は戻ってこないかもしれない。そんな不安の中、新生活は始まった。

 案の定、はなればなれの生活は結構大変だった。気が楽な面も確かにあったけれど、それの何倍も大変なことの方が多かった。とくに、入院したときや入院直後に免疫力が下がって別の病気になったりしたとき、将来のことを決めなきゃいけないとき、仕事もあまりうまくいかなったりしていて、とにかく毎日必死だった。なんでこんなにたくさんのことが、ひとりきりの冬に起きるんだろうって思っていた。パンクしそうなわたしの頭から、湯気が出ているのに気付いたのはHちゃんだった。

 彼は職場の同僚で、不思議な雰囲気をまとっている人だ。初めて会ったとき、バラ柄のすごく派手なジャケットを着ていて、いまでもその印象が頭から離れない。彼は、人の感情の揺れ動きに、すごく敏感に反応した。そのせいか、彼には自然と自分の胸のうちを話せるようになっていたし、パートナーとのことや、パートナーが徳島から帰ってきた後にどうしたらいいのかとか、職場でのこととか、他の人には言えないようなことを聞いてもらったりしていた。遅番のときは、車で家まで送ってもらったりもしたし、休日には一緒にご飯を食べに行ったり、美術館に一緒に行ったりもした。今思えば、彼は五年間滋賀で生きていた中でできた唯一のお友達だった。

先日、久々に滋賀に戻ったとき、会えて一番嬉しかったのもHちゃんだった。ほんの少し疲れ気味の表情だったけれど、相変わらず優しい顔つきだったし、優しい声だった。声を聞いた瞬間、去年の冬にタイムスリップしたような気持ちになった。あと、Hちゃんはやっぱりほんまに優しかった。顔を見るために立ち寄った元職場で、すれ違い様にこっそりと渡された小さな紙袋には、手紙とふたつの天然石のネックレスが入っていて、ひとつはわたしの、もうひとつはわたしのパートナーの分だった。帰省するのを知って、わざわざ作ってくれていたらしい。

「石のことはようわからけんけれど、イメージで選んだ」って手紙には書いてあった。でも、きっとそれは優しい嘘だったと思う。彼がわたし用に選んだ石は「ユナカイト」といって、乱れがちな精神状態や感情、肉体のバランスを安定した状態に保つのを助ける働きがあると言われている。自然体になれるように促すこともできるのだとか。そんなの、わたしのことをよくわかってなかったら、この石を選ばなかったでしょうって思ったし、きちんと話を聞いてくれていたんだなって思う。こういうところが本当に優しい。そして、この優しさにわたしは救われていたんだなって。下手すれば孤立してしまって、悲しみに暮れてしまうような生活をしていたわたしを社会と結びつけてくれていたのは彼で、日々の仕事でもたくさん支えてもらった。たくさん救われた。春がきてわたしは滋賀を去ったけれど、わたしが新しい一歩を踏み出せたのも、ある意味ではHちゃんがそばにいてくれていたからだと思うし、冬の悲しみを乗り越えられたのも彼のおかげだ。

今度は、Hちゃんが職場から旅立つ番だ。彼は今後、家業を継ぐための準備に入る。今度また滋賀に戻るときには、もう少しゆっくり彼と話がしたいし、パートナーにももう少しきちんと紹介してあげたい。冬の寒い時期に新しいことを始めるのは、きっと大変だけど、きっと彼はうまくやるだろうし、わたしが思っている以上に器用にこなしていくだとうと思う。彼の首にも、わたしの首にかかっているのととてもよく似た石がぶら下がっていたから、きっときっと大丈夫。