適当に見てください。
そのくらいが調度いいかと思います。
考えることが癖になると、疲れるんですよ。
だから時々、ぼーっとしたくなるわけですよ。
何も考えず、何を求めるわけでもなく。
ただその場に身を置いて、「居ること」を味わいたくなるわけですよ。
僕が意図的に撮らないものは、だいたいそんな”様子”になる。
今回の動画そのものだと、そう解釈しています。
いつも形になるまで、僕自身もわからなくて。
その時々の僕が、その時々を描いてる。
このタイトルも正直まだ明確に意味がわからない。
すべてが「なんとなく」で造られる。
ほら、縛ったら形が変わっちゃうでしょ。
大事なものは出来るだけ、フラットにさせておかないと。
あとは勝手に収まっていくだけですから、パズルみたいに。
ひとつのものは、ひとつの場所にしか収まらないんですよ。
僕らがいるこの惑星は、あらゆる全てが動きっぱなしでしょう。
その呼吸に合わなくなると、居心地が良くなくなるわけですよ。
自分探しの旅に出る前に、自分の呼吸を探してみたらいかがなものかと。
今回初めて、アルツハイマーのばあちゃんを撮ってて思ったんだ。
1秒前のことを覚えていられる僕は、1秒前のことを大事にしなきゃいけないなと。
忘れることが得意な僕らは、大事なことも置き去りにしてしまう。
息ながらに見極めていきたいものです。
100個の情報は、1つの感動には勝てないですから。
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訪れてしまった皆さん、森山さん、こんばんわ。どうも、良知です。
連載「呼吸」ひとつめのアンサーですが、こんな具合になりました。
これからどんな音や色を出して、どんなリズムになっていくのか。
他人事のようにたのしみでなりません。
今年も残り僅かになりました。
夏の連載から今回の新連載「呼吸」と、アパートメントにはとてもお世話になりました。
巡り回る縁と共に、僕の回転を加えて。
この場を通して少しでも、スローモーションなる現象を与えて行けたらと思います。
それではみなさん、良いお年を。