長期滞在者
最近、思い出すということにハッとさせられることが多い。多分、本当は胸の奥にしまいこんでいたほうが楽なことばかりなんだけれど、思い出してしまったら、なんでこんな大事なことを忘れていたんだろうって、逆に不思議に思うことばかり。 人間は辛いことを忘れると聞いたことがある。心は自然とそういうメカニズムになっていて、精神のバランスをとるために、本当に辛いことは忘れるんだって。もしかしたら、そういう感じで忘れ…
当番ノート 第29期
///////////////////////////////////////////////// 2010年12月30日からの手紙 ///////////////////////////////////////////////// 新しく仕入れたレシピで、チーズケーキを作っている。 1人でお菓子を作る時間が好きだ。 きちんと積み重ねていけばおいしいものができあがることが、好もしい。 安心して作業…
当番ノート 第29期
モザイクみたいにこまくて、膨大な だけどひとつ、ひとつが、あわさって わたしの視界はできている。 モザイクみたいにこまかくて、膨大な そのひとつ、ひとつに、目をこらすたび わたしはわたしの行方を失った。 こどものころ、枕元に置いたたくさんの人形を ひとつ、ひとつ、毎日順番に、 かわるがわる抱いて眠らないといけないような気がしてた。 きっとそのころと何にも変わらない。 みんなしあわせだったらいいのに…
ギャラリー・カラバコ
ここはとあるアパートの一角にある、小さなギャラリー「カラバコ」。 白い壁に空っぽの額縁が無造作にならび、その下には題字だけが添えられています。 タイトルだけを頼りに、二人の作家が別々に文と絵を寄せ、2つが合わさった時に初めて作品が完成するのです。 01 桟橋 02 物差し 03 帯 04 時化 05 吃り 第6回は「影絵」 影絵をつくって遊ぶ戦時中の女の子のお話が、国語の教科書で取り扱われたとき、…
当番ノート 第29期
Twilight of the Utopia ヒーローであること、とは、なんなのだろうか。 ウルトラマンは神ではない。救えない命もある。仮面ライダーだって、スーパー戦隊だって同様だ。海の向こうに目を向けてみても、世界そのものを救済できる存在はほとんどいない。それは、(もし再臨するならば)ナザレの彼あたりの仕事だ。 それでも、ヒーローは何かを守る。 ヒーローは誰かのために戦う。 守るべき対象があって…
当番ノート 第29期
1日目。経由地のアメリカで別行動をして、あちらも自分の用事を済ませてきた夫と、オアハカの空港で落ち合う。 昼過ぎに、アパートに着いて荷解き。スーパーを探して歩き、パンだの、塩胡椒だの、洗濯石鹸だの、洗濯紐だのといった、当面の生活に必要になりそうな物を買い揃える。帰ってきて洗濯をすませる。 2日目。寝坊して、遅い昼食にと、アパートの1階にあるカフェで本日のお勧めを頼んだら、コオロギのオムレツが出てき…
当番ノート 第29期
ガチャ・・・・・パタン・・・。 静かに家を出て扉を閉める。 アパートの廊下にはまだ明かりがついている。 朝の5時半。 すーっと息を吸い込む。 まだ暗い早朝の空気が身体の中に入ってくる。 朝露の香りと水分の多い空気。 この空気が好きだ。 夜の間に、せっせと作られていたような新鮮な空気。 昨日の終わりと今日の始まり、このわずかな時間もとても好きだ。 パッと切り替わるわけではなく、昨日からの続きのまま徐…
当番ノート 第29期
こんばんは。なんと今朝は雪景色でした。11月に甲府が白く覆われるなんて、54年ぶりだそうです。 昨日は、地域のおそうじのとき、枯葉を集めて焼き芋を大量につくって子どもたちと楽しく、ホクホクと 食べていたのに。目の前の山は美しい紅葉のピークを迎えていたのに。 でも、実は、雪は大好きなのです。雪が降る前の雪のにおいが特に好き。そして、一晩にして、世界を変えてしまったかのようなあの圧倒的な力に、そして、…
当番ノート 第29期
////////////////////////////////////////////// 2010年4月8日からの手紙 ////////////////////////////////////////////// わたしにはずっと、居場所がない気がしている。 自分から身を引くのに、ひとりきりはどこかこころぼそい。 自分で決めたことならば、振り返らず凛としていられたら良いのに。 Letter f…
当番ノート 第29期
これからどんどんあなたとすごした季節がやってくる。 もうすぐ季節はあなたに出会う。 はじめて袖を通したセーターから 小さく出した指先が向かう先へ、 両手でつつんだカップの中 紅く染まったホットワインからあがる シナモンの香りの湯気の奥へ、 表情も無くなった横顔が 「春のにおい、」とつぶやいたとき かろやかに痛んだその場所へ、 そして、 一人天井を見つめて聞いた 蝉のざわめきのなかへ、と。 これから…
長期滞在者
熱く沸騰した血が私の身体を駆け巡っていく。 試合のテンポは、まるで曲のリズムに乗っているような気分になる。 選手の動きを追い、ボールの音に耳を澄ませ、呼吸を共に走らせ、 プレイに合わせて、ここだというタイミングで言葉を発する。 秋はバスケットボールのシーズンの始まりだ。 私は、今シーズンも日本のバスケットボールのリーグで、試合のMCとしてコートサイドにいる。 バスケットボールの試合でMCをやってみ…
当番ノート 第29期
出発まで少しの間があって、実家に戻ってきた。父と母と夫と、家族の時間を過ごしている。東京にある実家には、結婚して以来、夫と一緒に夕飯を食べに来るくらいしか家に寄ることがなくなっていた。ようやく今、ゲストともてなす人ではなく、わたしたち4人が新しい家族の形を得て溶け合いなおしていっているような感覚がある。 「お祭りやっているぞ!」と父が教えてくれた。 神輿のかけ声に誘われるままに、かつて暮らした町を…