長期滞在者
先日、体調が悪くて横になっていたとき、何気なく、スマホでfacebookを開いてみた。普段頻繁にチェックしているわけでもないし、ましてや投稿することも滅多にない。少し邪かもしれないけれど、facebookは一方的に近況報告ができるし、細かな説明が省けるから、遠くブラジルに暮らす家族への近況報告に都合がいいのだった。特に、対話を避けたいわたしにとっては、ちょうどいい距離感を維持できる方法なのだ。 …
長期滞在者
良いエッセイは、読むと読者の中に著者の像がしっかりと立ち上がってくる。 寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』も、そんな一冊だった。 寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンド・ブックス) 『彗星の孤独』は音楽家であり、文筆家でもある寺尾さんが身の回りのことを綴ったエッセイ集だ。書き下ろしもたくさんあるけれど、これまでに雑誌や新聞で発表されたものや、自身のオフィシャルブログから収録されたものもある。書かれた時期も媒体…
当番ノート 第41期
ドンキホーテの公演が9月の終わりにあった。 今シーズン最初のバレエの公演。 スペインを舞台にした若い男女の恋物語。 明るくコメデイの要素も強い作品。私たちの劇場ではいつもとても盛り上がる演目の一つだ。 一度この演目の公演の時に、中高生団体が2階席にずらっといて、ものすごく盛り上がっていた。 この国では中高生が休みの日にみんなでバレエを観にくる。舞台芸術が浸透していることを感じ感動した。 日本にはこ…
当番ノート 第41期
連載の初回に書いた通り、主には付き合っていた男と別れるために東京を出てきたのだが、京都に住んでいた2年の間にも多少のやりとりはあった。大阪に移ることを話すと、ミナミで青春を過ごした彼はちょっと嬉しそうで、やがて「必ず足を運んでおくべき店リスト」が送られてきたのだった。 この「店」というのはすべて飲食店で、彼が満を持して推す店が10軒ほど並記してあった。 突出した部分と欠落した部分を極端に兼ね備えた…
ギャラリー・カラバコ
満月の夜を指折り数えるのが習慣になった。 いったい誰がこのギャラリーの鍵をわたしに届けているのかわからない。 待ち構えてそれを突き止めようとは思わない。 夜なのにそこここに影が落ちていて、私はそれをざぶざぶとかき分けながら進む。 ほとんど息を止めて、わたしはギャラリーの扉を開ける。 〈前回までの展示〉 『縫い目』 『つむじ』 『鏡』 『耳鳴り』 — 「植物園」 絵: 古林希望 文: カマウチヒデキ…
当番ノート 第41期
人と関わるということ それを教えてくれた友人がいる。 この人との出会いで私は 人との関わり方が大きく変わった。 何かを得るための関係ではなく ただ一緒に過ごす時間の大切さ 目の前にいる人を受けとめ その主張より 真ん中を見る 許し 寄り添う 毎日の小さな選択こそが自分を作り この世界を作っている大きな選択になること 人生とはなんだろうと思いながら生きる この広い世界の小さな自分 長年の関わりの中で…
長期滞在者
秋という季節が苦手だ。 夏、それも焼けるように熱い夏が大好きなので、数ヶ月ぶりに長ズボンをはいたお盆過ぎの雨の日や、ふと、太陽の力が弱いなと感じる9月の終わり頃や、10月に入って、朝晩の冷気に長袖をひっぱりだしてくるときなんかに、ああ、今年の夏ももう終わってしまったか……と悲しい気分になってしまう。1ヶ月前はこの時刻でもまだ明るかったのに、と思い出して、暮れゆく灰色の陽を必死に目で追いながら、憂鬱…
当番ノート 第41期
わたしが現在住んでいる家は、梅田からも徒歩圏内なのだが、他にも3つの駅に歩いていける立地にある。 大阪のまちはコンパクトで動きやすい。京都もコンパクトだと言われるが、市内の電車移動の利便性で言うと、大阪に分があるように思う。 1km四方にメトロの駅が4つほどあるので、例えば人と会って解散するとき、「わたしはあっち、あなたは?」という会話が自然に発生する。それぞれが、自分のいちばん便利な路線まで少し…
長期滞在者
以前、このアパートメントに当番ノート第7期火曜日担当として書いていたときの文章に『摩擦係数 (μ) 』というのがあります。 皮膜一枚の内と外。 自分と世界を隔てるもののあやふやさ。 でも人はこの皮の中で生きて死んでいく。 物理的な意味でも、陳腐を承知で比喩的な意味でも、自分と世界の関わりはこの皮に生じる摩擦係数の物語である。 その摩擦を、親和を、振動を、温度変化を、痛覚を、愉楽を、違和感を。 それ…
メニハ ミエヌトモ
そう言えば、それは幼い頃から始まっていた。 確実に存在しながらも見えないものに常に興味を抱いていたと言っても過言ではない。 身近な所で言えば、風であったり音であったり。 風の姿は目には見えないけれど確実に存在する。 風は木々を揺らし、花を揺らし、これまた目には見えないけれど 確実に私に言葉にならない「何か」を囁き続けてくれていた。 子供の頃から本当に素敵だと思っていた。 音だってそうだ。 音の存在…
長期滞在者
働いていたカフェが閉店した。 駅前の美術館の三階にあって、一階には市民図書館、美術館内には市民ホールが併設されていたから、平日は、図書館に通っている人やご近所さんが、お昼やお茶休憩をしながら過ごし、休日は美術館に訪れる人たちが足を運んでくれたし、ホールでピアノ発表会や、あとはフラダンスやジャズの演奏会があるときには、ドレスやタキシードを着たこどもたちとかそれぞれの衣装を着た人たちで店内がいっぱいに…
長期滞在者
どこかよくわからないが、郊外のどこにでもありそうな街の景色が淡々と綴られた、小さくて軽やかな体裁の写真集が手元にあって、少し前から気になっている。 たぶん、飼っている犬の散歩の道程で写したものが収められているのだろう、早春のまだ肌寒さを感じる朝のひと時、肌に感じる空気の冷たさとか、どことなく前の日を引きずりながら、気持ちを今日に切り替えようとする何となくもやもやした気分みたいなものが、写真を通じて…