当番ノート 第50期
一周忌を終えると、一般に「喪が明ける」と言われている。 ずっとどこかで父のことをじゅくじゅくと考えていた1年だったので、いざ喪を終えるとなると、なぜか少し焦った。もう喪に服さなくていい、ということは、父にかまけず晴れ晴れと生きていかなくてはいけない合図のように思えた。どのように振舞っていたんだっけ、父が亡くなる前は自分はどんなことに興味がある人だったんだっけ、と思い出そうとする。 でもそれは、難し…
当番ノート 第50期
「将来は新しいカフェをつくりたいと思うんです」 青色が白く透けている空からまっすぐに太陽の光が落ちる、カラリと暑い昼下がり。土曜日だけの珈琲店に来てくれた20代前半だという男の子が、目を輝かせながら話してくれる。とても面白いアイディアがあるという。 考えていることは確かに新しくて、聞いているだけで楽しい気持ちになれた。でも何をするにも結局、人に応援してもらえるか、好きになってもらえるかが全てだと思…
当番ノート 第50期
昨日の夕方頃に、雷を伴う雨が降っていた。いつもは気圧の変動で頭痛がひどくなっていたり、過呼吸になりやすくなったり気象病が誘発される。 しかし、特別、心が揺れる感覚を味わえた雨だった。 1週間ぶりに打ち合わせをした。うちの近くである池袋・豊島区をエリアブランディングの観点から、盛り上げていくU30のリーダーとだ。 ぼくの今の現状を赤裸々に吐露した。ことばにノイズが入ってしまい、伝達不足であったと思う…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
しょぼい喫茶店に立っていたころ、ときどき「どんな場を作りたいと思っていますか」とか「どういう場づくりを心がけていますか」とかたずねられることがあった。いざそう聞かれると困ってしまう。「作りたい場」のすがたというものが、わたしにはとにかくなかった。 お客さんとして訪れてくださった方の中には、そう言うと意外に思われる方もいるかもしれない。「くじらさんの作る場が好きです」と伝えてくれたお客さんもいること…
かさねのせかい はざまのものたち
当番ノート 第50期
4月頭から二ヶ月に渡った連載も今回が最後。1週間ごとにその時に感じていることを書いていたように思います。箸休め的に楽しんでもらえていたら幸いです。 振り返って見るとこの二ヶ月は住んでいるフランスはコロナ一色でした(多分日本も同じでしょうが)。5月11日に外出禁止令が解除されるまではスーパーに行くのさえ許可証を印刷してサインしなければならないほどの厳重さでもちろん遠出は禁止。私権がここまで制限される…
当番ノート 第50期
今年の誕生日で、30歳近くなろうとする私は、連載の最終話を「どうしようもなさ」というテーマで締めくくってみようと思う。どうしようもないものは、いかんともしがたい。 かつて女の子を好きだったことがあった。さながら村上春樹の小説に出てくるような恋で、嵐のように激しく、それゆえ怒り、泣き、笑った。 かつてのことを「いい思い出だった」と美談に仕立てあげられようともするのは、簡単なのだけれども、居心地が悪い…
長期滞在者
私の「貴世子」という名前は、「絶対に世界の“世”の字を入れる!」と、父がこだわってつけた名前だということは聞いていた。その話をするときの父の顔はいつも楽しそうで明るくて、どこか嬉しそうだった。 海外を旅することが大好きだった父は、私に世界で活躍することを望んでいた。けれども、私は音楽が好きになり、ラジオDJとなり、日本のラジオ番組で仕事をした。 私が世界との関係を強く意識したのは、30歳を過ぎたと…
当番ノート 第50期
こちらの花、「桜かな?」と思うかもしれないが、これは「アーモンド」の花である。ナッツのアーモンドを想像する人が多いだろうが、植物としては春に花を咲かす落葉樹である。実が成るのは夏から秋にかけて。ちなみにアラビア語では”لوز (Lauz)”と言う。 ヨルダンでは首都アンマン、北部の街イルビッド、南部のダーナ自然保護区などで見ることができる。この写真は今年の2月にアンマン…
長期滞在者
5月3日 ゴールデンウィークの予定は真っ白だ。例年と同じく今年も神戸の実家に帰省する予定だったが、おとなしく家にいる。三密空間の極みである夜行バスで寝られない時間を過ごし、身体の痛みに耐えられなくなる一歩手前でサービスエリアに着き、一息ついてトイレで歯を磨いて、発車するまで5分ほど夜の風に当りながらベンチでボーっと過ごすこともできない。朝にバスターミナルに着くと、身体痛いし、中途半端に最後の最後で…
当番ノート 第50期
父の見舞い行ったり介護を手伝ったりしたあの時期は、振り返れば迷いばかりだった。やってきた全てのことが成功だったし、失敗だった。この世からいなくなってしまったのは、1mmも自分のせいではないのに、大きな敗北感があった。負けた、と思った。大切なのはどうやって過ごしたかなんじゃないの、なんていう言葉に、そんなのは嘘で生きていなくちゃ意味がない、と悪態をつけながら、すがっている。 — 入院中の…
当番ノート 第50期
「お店でカレーつくらせてくれませんか?」 レイくんがそんなことを言い出した時、前のめりな所がアンドサタデーの真帆さんに似ているなと思った。 それが確か2年半前くらいだったと思う。レイくんは都内の企業で働きながら、暮らしの拠点を逗子に置いていた人。今はちょっと都内に戻っているけど。 普段の仕事が目に見えにくい大勢を相手にする仕事なので、カレーを通して目の前の一人一人と接することをしたいと言っていた。…