当番ノート 第54期
前回、煉瓦色が自然と集まってくるという話をしていた。よくよく見返すと、マニキュアや口紅、アイシャドウやマスカラまでも赤茶色というか赤褐色というか、赤と茶色の中間あたりの色が多い。意識的に集めているわけでは無く、気が付けば手が伸びている。 なんでだろう。 それはきっと、この色に安心感があるからかもしれない。 そしてこの安心感は「似合ってくれそう」な信頼感と、「大地」を連想する安定感からきていると思う…
長期滞在者
仕事が超繁忙期で、何かとストレスも積もるので、無理に一日休んでウサを晴らすことにした。とりあえず自転車で100km走ろうと決めた。100kmという距離に別に意味はなく、ただキリのいい数字ということ。家(尼崎)から片道50kmの地点を探せばいいのである。夏に頻繁に和泉市の光明池まで通っていたときは片道40kmだった。もう少しだけ遠いところ、と目星をつけてGoogle Mapで探す。河内長野市・河内長…
長期滞在者
先月訪れた赤崎の港町から米子空港からの帰路の途中、バスに乗って皆生温泉に立ち寄り、街の中を少し歩きました。塩谷さんが地元の街並みや大山の景色を写していた頃、岩宮武二さんは、この温泉街で療養生活を送っていました。入院生活を送る仲間や、看護師さんとのふれあいをカメラに収め、のちにいくつかの写真が発表されることになります。温泉街は米子市から少し離れた海岸線沿いにあって、旅館が立ち並ぶ街はずれは松林の美し…
当番ノート 第54期
山と目が合ったことがある。青森の高校生だったころの話だ。 何を言っているのかわからないと思うが、私自身もよくわからない。でも、「目が合った」という実感が、たしかにそのときあったのだ。 「わかる、田舎ではよくあることだよね」という人がいたら、ぜひ詳しくきかせてほしい。私にとってはよくあることじゃなかった。 地方出身ではあるのだが、自然に囲まれて育ったわけではなくて、基本的に地面は舗装されているし、ビ…
当番ノート 第54期
どれだけ思いを巡らせたとしても、自分以外の者が何を考え何を想い、どんな気持ちで生きていたのか、その人が幸せだったか不幸せであったかなんて、きっとずっとわからないままだ。 それでも私は対岸のあなたに問いかけ続けている。 始まりは12年前。 ペットショップで見かけたときの印象は「ふてぶてしい」で、絶対にこいつとはウマがあわないし一緒に暮らせないだろうなと私は思っていた。 しかしそれから数日後。どういう…
当番ノート 第54期
去年の秋、私はチャパティーを焼いていた。 チャパティー、正式にはチャパーティーと言った方がいいのだろう、それはインドの家庭料理で、無発酵の薄焼きパンである。イメージとしては、トルティーヤやケバブを包んでいる皮に近い。チャパティーは、それらと同じくらいの薄さだが、薄力粉でなく全粒粉を使うため、より素朴な味だ。白米と玄米のような違いである。ダール(豆カレー)やサブジ(野菜等のスパイス炒め)などと共に食…
当番ノート 第54期
みなさんこんにちは、イラストレーターの高松です。 この連載は神奈川県の西の、山の途中にあるあなぐらのような自宅にて、ボイスレコーダーに録音したトーク内容を書き起こして投稿しています。全8回の2回目です。 – 移動中は何もしていなくても許される気がする。 旅行に行くときはなるべく夜行バスを使う。座席が指定できる時は窓側を予約して、消灯になるのをじっと待つ。バスが高速道路に乗って車内が寝静…
当番ノート 第54期
マニキュアを衝動買いしてしまった。ターメリックとシソ、という色を。ターメリックは山吹色を少し明るくしたような色。シソは煉瓦色、というには暗く、やや紫がかった茶色という風情だ。 この、赤茶色というか赤褐色というか、赤と茶色の真ん中くらいの色、気付けばマニキュアにも口紅にもこの色が多い。好きで集めているというわけではなく、自然と集まってきている。 煉瓦色はモディリアーニを連想させる。最近横浜美術館で見…
長期滞在者
冬に向かう日々。 流行り病の情報をインプットされた状態で生活すると、誰かに指示されたわけでもないのに窮屈な箱の中で生きているような気持ちになる。そのせいか、誰かと食事をして語り合う時間は心の底からほっとする。 それでも、大掃除の話や年末年始の過ごし方を話し合っているうちに、本当に一年は終わっちゃうの?という気持ちになる。私たちの一年、誰がこんなふうになると想像できただろうか。 明るい未来を描いてや…
当番ノート 第54期
「ポップミュージックというものは、いつ爆発するかわからない時限爆弾みたいなものだ。爆発するのはいますぐじゃなく、遠い未来かもしれない。でも、いつかどこかにいる誰かのところに届くことを信じて曲を作るんだ」 昔読んだ音楽雑誌で、誰かがそんなことを言っていた。誰が言ったのかもう忘れてしまったし、ほんとうにそういう発言が存在していたのかもはっきりしないのだけど、ずっと記憶の片隅にある。 音楽だけでなく、多…
当番ノート 第54期
大切な人を想って生み出されたものは、自分のことだけを考えて作ったものよりもずっとしなやかで誰かの記憶の中に力強く存在して続いていく。 そんなこと知らなかった。 これは煙草くさい階段で静かに泣いていたあのひとのこと。 数年前に新宿のギャラリーを借りて写真展をした時の話だ。 そこはメインギャラリーとサブギャラリーという、大きさの違う二つのスペースが隣り合わせになっている部屋割りで、一度に…
当番ノート 第54期
先日、巨大な一本のタコ足を入手した。茹でて冷凍されて東北から東京まで運ばれてきたそれは、私の肘から指までと同じくらいの長さがあり、重量は約1キロ。吸盤なんてペットボトルの蓋くらいの大きさのものもある。足一本だけでこんなに大きいのだから、全長はどれほど巨大だったのだろう。人間の頭部を丸々と包んで窒息させられるくらいはあったのだろうか。 海の底で、巨大な無脊椎動物がじっと身を潜め、獲物を捕らえ日々の糧…