昔、仕事を辞めてぶらぶらしていた時のこと。
わりと、ぎゅうぎゅうで働いていたものだから、時間があることに慣れていなかったし、ぽかんとできたその日々に焦ったりしていた。
時間は売りたいほどあった。
でも、まあなんとかなるだろうと開き直り、やりたかったことを今のうちにやろう(暇だし)!と決めてメモに書き起こし片っ端から手をつけた。
ちょうどその時DVDかなにかで観ていた映画「死ぬまでにしたい10のこと」の真似ごと。
・お弁当を作って、小さいおいっこを連れ公園に行く。
・図書館に通って池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズを読破する。
・遠くの友だちに会いに行き一緒にお酒を飲む。
・知らない場所に、車を運転して旅行に行く。
・地図帳をよく読んで、47都道府県がどこにあるかきちんと把握する。
・家族と夜ご飯を1週間続けて食べる。
書き起こしたことは、A4のノート1ページを埋めたが、ほんの小さなことばかりだった。
ただ怠けてしなかったことも、この際だからちゃんとやろうと、車も手洗いする。
やりたかったことを、少しづつたどる日々。
その日は地図帳を眺める日。
中学校の時から持っている地図帳によると、浜辺はずっと続くから、歩いて行ったらどこまで行けるだろうと考え早速海に向かう。
その時点で、本来の「47都道府県の位置を覚える」目標がスルリと変化したが、またやればいい。
海に向かって砂浜を、特に理由もなく左へ向かう。
だいぶ歩く。気軽な気持ちで始めたはずのその行為に、我ながら少し疑問を持ち始める。
なんだか、進んでいる気がしない。先が果てしなく遠い。私はどこにたどり着くのだろう。
苔がいっぱい生えた崖に突き当たった。苔どころか鋭くとがった石も生えている。
ひと息ついて、自分で始めたことだから。と、うろたえつつ途中まで頑張ったけれど
つるつると滑るし、下を見たら波はびしびし崖にぶつかっている。
ああ、やめよう。とあっさり来た崖を戻った。
崖を命がけで突破しなくても国道を少し行けばその先の浜辺にいける。
なぜかストイックに「歩く」ことに執着していたけれど、崖で完全に心が折れ、車で移動する。
トンネルを抜けたすぐ右がわに、今にも くしゃん と潰れそうな食堂。斜めに建っている。
本当に営業しているのかすらわからなくて、いつも暗く怪しい雰囲気でいっぱいで入る勇気がないお店。
その先の浜辺は、さらさらした砂とはちがい小さな丸い、つるつるした石の浜。
歩くとざくざくと石の刻まれる音。裸足になる。足の裏を石がすべっていく。
また思う。
私はどこへ向かうのだろう。
しばらく左へ向かい進んでいたけれど、だんだん暗くなってきて、無職だし空腹で、心細くなり回れ右をして家に帰った。
夜、ノートに「向かう先を見つける」と追加した。
過ぎてしまえばそれだけの日なのに、強烈に記憶に残っているのは、そのノートの切れ端が未だにお財布の中に入っているから。
「向かう先を見つける」の欄に「やったぜ!」と書いていないから。
写真は、少し前のお気に入りの浜辺。
かもめがクワクワと鳴いていたし、波が舐めた砂浜は足跡を付けたくないくらいにつるりときれいだった。
子どもの声。歩く犬。誰かが花火をした跡。静かで、美しく完璧な日。
晴れた日に海に行こう。
最近、なかなか海に行かなくなったのはきっと寒いせい。
陽が射して、かもめがそれに向かうように飛んでいくさまは、まるで世界が始まるように、眩しくて広く穏やかだ。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。