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2F/当番ノート

ミッション・インポッシブル(東京電力への小さな抵抗)

当番ノート 第3期


●東京電力福島第一原子力発電所の様子。撮影地点での空間放射線量率は毎時30〜90μシーベルト。写真では毎時70.05μシーベルト(撮影:畠山理仁)

   ***

 衝撃だった。

「今回の福島第一原子力発電所の現場公開には、フリーランスの記者の方、2名も参加できます」(東京電力)

 おおっ!

「しかし、今回、代表撮影カメラ以外は発電所構内に持ち込めません。フリーランスの方は、構内での撮影は一切出来ません」(東京電力)

 がくっ……。

 ***

 2012年5月26日。私は東京電力が主催する福島第一原子力発電所の構内取材に参加した。東京電力主催の「取材ツアー」にフリーランスの記者が参加するのはこれが初めてだ。

 事故から1年2か月あまり。フリーランスの記者たちが何度も何度も繰り返し要求してきたことが、5回目の取材ツアーにしてようやく認められたのだった。

 しかし、東京電力の対応はとても満足できるものではなかった。

 このツアーに参加できたのは大手メディアの記者も含め、全体でわずか44名。フリーランスの記者にいたっては、希望者の中から抽選で2名の参加が認められただけだ。私はもっと多くの記者が原発構内の取材を希望していたことを知っている。

 また、一般には知られていないが、参加する記者の間にも「差別」があった。

 今回のツアーの「目玉」であった四号機建屋内の取材は内閣記者会の記者4名に限られた。それ以外の記者は「四号機建屋から70mの距離」にバスから降り、外観を10分間「見学」したに過ぎないのだ。

 さらにひどいことに、「記者間での撮影権利の差別」も行なわれた。

 新聞、テレビ、海外メディア、インターネットメディアに対しては「各カテゴリーに代表カメラ1台」という形での撮影が認められている。しかし、フリーランスの記者だけは「カメラ持ち込み禁止」「撮影禁止」という条件だったのだ。

 同じ量の被曝(取材当日の計画被曝線量は200μシーベルトだった。実際の被曝線量は76.9μシーベルト)をしながら取材に入るのに、フリーランスの記者だけが「撮影禁止」とは、まったく意味がわからない。

 考えてもみてほしい。記者たちは現場を「見る」。それなのに「撮影」を許さないのでは、なんのために取材に入るのかわからない。

 現場に入って様々な情報を見聞きするのは大切なことだ。しかし、撮影が制限されれば、世の中に伝えられる情報も限られてしまう。なぜならフリーランスの記者たちは、新聞やテレビの「代表カメラ」が撮影した素材の提供を受けることができないからだ。

 これは遠足なのか?

「それじゃあ、どうすっかねえ?」

 私は東京電力の理不尽な扱いに対抗する手段を考えることにした。

 以下は構内取材を控えた私が友人Aとお酒を飲みながら交わした作戦会議の記録である。


●左:Jヴィレッジで渡された装備一式/中:ホールボディカウンター(WBC)/右:WBC検査場にあった看板。「立ち小便禁止」「撮影禁止」(撮影:畠山理仁)

   ***

A:隠しカメラをもっていけばいいんじゃない?

畠山:代表カメラ以外は着替え場所のJヴィレッジに置いていかないといけないんだよね。構内に持ち込める荷物は、ペン、ノート、ICレコーダー、個人線量計だけだし、着替え場所では東京電力の社員がマンツーマンでついて、荷物のチェックも行なわれる。持ち物の放射線スクリーニング(調査)もあるから、自分の持ち物が東電社員の手に渡る瞬間がある。

A:構内では防護服を着ているし、荷物はビニール袋に入れる形になるからカメラは持ち込めないのか…。

畠山:機種名、品番も取材申込時(10日位上前)に提出させられる。それ以外のカメラを持ち込んでいることが判明した時点で「取材を中止します」と東電の事前説明には書いてあった。高飛車な態度には納得できないが、自分のせいで他のフリーランスの人達が取材できなくなったら迷惑がかかる。

A:自分が撮影できないなら、撮影されることを考えたら?

畠山:お! いいね! 今回の取材ツアーでバスから降りる機会は二回。四号機建屋から約70mの距離で10分間。四号機から300mほど離れた高台で15分間、ツアーバスから降りる機会がある。その時に「何か」やろう。

A:バスから降りたらどこかに隠れちゃう、とかどうだろうか。

畠山:「すいません、トイレをがまんできません!」って言って四号機の建屋に向かって走りだそうか。

A:風でメモ飛をばして、そのメモを追いかけていく形で四号機の中に入っていけばいいんじゃないか(笑)。

畠山:ピアノ線の先にメモをつけて、「あー、メモが、メモが!」ってひらひらさせながら四号機に向かって走るろうか? そのまま、「あー、風で上に飛んでいく〜」って言いながら四号機内の仮設階段を駆け上がるか? そんで燃料プールに飛び込んで「細野豪志原発担当相も一緒にどうですか?」と呼びかけよう。細野大臣もあれだけ「健全性を確認したい」と言っているんだから、きっと嫌がらないだろう。


●四号機の燃料プールを視察する細野大臣御一行様(撮影・画像提供:東京電力)

   ***

A:雑誌の中吊り広告を掲げながら走れば雑誌に喜ばれるかもね。

畠山:裁判所前で「勝訴!」ってやる感じだな。今回は撮影できないから「不当判決!」だな。でも、ノートが小さいから写真には写らないか。「不当判決」っていう垂れ幕が出てくるペンは持ってるんだけど、きっとカメラマンは撮ってくれないよな。

A:それでもなんとかしてこの不当な扱いを伝えたいよね。

畠山:そうだよなぁ。

A:取材ツアーの間は、カメラと一緒にほとんどバスに乗ってるんだよね? バスジャックをしたら、新聞やテレビの代表カメラもその様子を撮影せざるをえないんじゃない?

畠山:うーん。撮影してくれるだろうけど、人を傷つけるのは嫌だ。それに撮影されたとしても、たぶん、お蔵入りだ。

A:手榴弾のおもちゃを持って行ったら?

畠山:それじゃあ本当のテロリストに間違えられてしまう。

A:じゃあ、自分で自分を傷つければいいじゃん。ペンは持ち込み可能なんだから、ペンで自分の太ももをザクザク刺して血を流しながら「写真撮影させろ!」って訴えたらいいんじゃない?

畠山:なるほど! 「取材に制限加えるな!」って自分の太ももを刺しながら訴えればいいのか。これなら自分が血を流すだけで他人は傷つけない。「東京電力は自主避難した人にも補償しろ!」って訴えれば、東電の補償の問題もクローズアップされて世間も許してくれるかもしれない。

A:出血多量で死ぬかもしれないけどね。

畠山:そうだよなあ……。

A:福島第一原子力発電所の構内って、女の人は一人も働いていないんだよね? かつらをかぶって行くとかどうだろう。それで、かつらの中にカメラを入れていく。

畠山:女装していくか。ミニスカートにブラジャーつけて。逆に全裸になってもいい。

A:ちょっと変わった人だっていうことで撮影してくれるかも…。

畠山:あー、ダメだった。構内では頭までかぶる防護服を着てるし、全面マスクもつけてるから、かつらやブラジャーは外からは見えない。

A:防護服にペンでメッセージを書いていけばいいんじゃない?

畠山:おお、いいね! 耳なし芳一みたいに全身メッセージだらけにした防護服か。「すべての記者にカメラを」「希望者全員に取材させろ」「全員にカメラを」「自由な取材をさせろ」「カメラなくしてなんのためにいくのか」「東電ちゃんと中見せろ」って書くか。

A:着替えの時間に書ききれるかな?

畠山:防護服は持ち込みじゃなくて東京電力が提供するから、短時間でタイベックに文字を書く練習をしないといけないな。

A:シールにしたら?

畠山:うーん、剥がされたら終わりだな。


●Jヴィレッジで防護服に書いた文字は「カメラなし」(撮影:畠山理仁)

   ***

A:なにか四号機建屋前でメッセージを伝える方法がないかな?

畠山:組体操をすれば目立つかな? 代表カメラもきっと撮影してくれる。

A:組体操って、なにやるの?

畠山:二人でサボテンか? それか随行している東電の社員を真ん中にして、3人で扇の組体操。

A:何のメッセージを伝えたいんだよ(笑)。

畠山:そうだよな。……そうか! 人文字をやればいいんだ! 「カ、メ、ラ、ト、ラ、セ、ロ!」って。

A:おお、いいね。ただ、「これから人文字をはじめまーす!」って言わないと撮ってもらえないよ。

畠山:大声を出せばいいんだよ。この人文字ならもう一人いればできる。四号機の前で二人で人文字をやって代表カメラに撮らせる。これなら平和的な方法で、東京電力の不当な取材差別を訴えることができる!

A:誰も傷つけない方法だね!

畠山:よし、これだ!

***

 取材当日。私はもう一人のフリーランス記者として参加した木野龍逸さんに話をもちかけた。

「木野さん、東京電力の取材規制はひどい。一緒に人文字でメッセージを発して、不当な取材差別を訴えませんか?」

木野「やらない」

 私の東京電力福島第一原子力発電所構内取材、ミッション・インポッシブル計画は終わった。

 今回、フリーランスの記者たちは現場に行く木野さん、私だけでなく、多くの記者が最後まで「写真撮影をさせろ」と東京電力側と交渉した。しかし、「核物質防護」という曖昧な理由によって却下された。却下した東京電力は現在も核物質を放出し続けているのに、だ。

 それでも私たちは粘り強く交渉を続け、最後の最後には「東京電力の社員を随行させて写真撮影をさせる。その写真は公開する」という約束を取り付けた。

 取材当日、撮影を担当する東京電力の社員は木野さんと私にこう聞いた。

「四号機建屋を背景にして、お二人が取材されている模様を撮影しましょうか?」

 私は答えた。

「それじゃあ本当に遠足の写真みたいになってしまう。普通に四号機の様子を撮ったり、できれば写したくないと思っているところの写真をたくさん撮って公開して下さい」

 その結果、撮影された写真がこの一枚である。


●2012年5月26日・東京電力福島第一原子力発電所四号機前(フリーランス記者の撮影は禁止されていたため、撮影・画像提供:東京電力)

「畠山 フリーランス (カメラなし)」

 今回はこれが精一杯だった。しかも東電社員による撮影のため、一番大切な「カメラなし」の部分がうまく映っていない。記者たちが撮影を禁止されるというのは、こういうことなのだ。

 次回はお酒を飲まずに作戦を考える。

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【参考リンク】東京電力ホームページ「写真・動画集」
◆福島第一原子力発電所 現場公開(4号機 細野大臣視察の様子)その1
http://photo.tepco.co.jp/date/2012/201205-j/120528-01j.html

◆福島第一原子力発電所 現場公開(4号機 細野大臣視察の様子)その2
http://photo.tepco.co.jp/date/2012/201205-j/120528-02j.html

畠山 理仁

畠山 理仁

はたけやま・みちよし▼1973年愛知県生まれ▼早稲田大学在学中の1993年より週刊誌を中心に取材活動開始▼大学除籍▼フリーランスライター▼『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)著者▼ハイパーメディア無職 

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