とらえどころのないものや、どうしてもはっきりと言葉にできないものに、すごく惹かれます。たとえば「世間様」。たしかにあるんだけれど、だれもその実態をつかめないという不確かさ。音楽をやっていた時も、他者とのあいだに自分が作る表現があるのだと思っていたし、今も宿をしていて来てくださるお客さんとのあいだにこそ、「芸」があるのだと思っています。
間の大切さ、間の不確かさ。
ホトリニテで繰り広げられる、さまざまな、間(ま)。ここに3つ紹介させて頂きます。
①ある日のホトリニテ。
【N=僕 O=男性のお客さん(釣り好き)】
N「いらっしゃいませ、こんにちは。」
O「はい、どうぞ」(宿泊費3000円を僕に手渡す)
N「いつも、ありがとうございます。では、いつものお部屋でお願いします!」
O「ありがとうございます。」
これが、いつもの常連さんと交わす、いつものやり取りです。皆さんに伝えるから言葉数を少なくして書いているのではなく、本当に、この4行ですませるくらい短い間(ま)で接します。何も余計な事は言わなくても、お互い うんうん わかってるわかってる という夫婦が長年付き添ったかのような心地よさを醸し出せる、もっとも短い接客時間なのですが、もっとも多くの豊かな時間が含まれている、この常連さんとのあいだにしか存在しない間を、「長年連れ添い型の、間(ま)」と呼びましょう。
②ある日のホトリニテ
いつもシーツや枕カバーを洗濯して持ってきてくれる業者さんがいます。その業者さんからは、とてもいい仕事の向き合い方を教わります。それは、僕が次に仕事がしやすいように想像力を働かせてくれているというものです。この業者さんの仕事は「シーツを運んでくる/回収する」だけなのに、僕が取り出しやすいように、次の仕事がしやすいように、いつも整理整頓していってくれます。
このような、時間差でうみだされる間のことをこう呼びましょうか、「時間差にてハッとさせるの、間(ま)」。
③ある日のホトリニテ
まず、お話の前に説明から入らせて頂きます。宿には、かなりやっかいなお部屋があるんですがそれは「くず」の間という、先々代がつけた名前のお部屋があるんですね。(葛(くず)は、秋の七草の一つ)漢字ではなく ひらがなで「くず」とかかれた、その部屋は、お客さんを案内した時に、かなりの色々な反応があります。陽気なカップルだったら「あははー、くずの部屋だって!(笑)お前クズだからちょうど、いいじゃん!(笑)」とか、工事現場で働いている土方のにいちゃん4人グループで、それぞれ各一部屋づつ用意した時、「くずの部屋」を含めた、こちら4つをお使いくださいと言うと。真剣になって、「お前が、クズだからくずの部屋に行けよ!」など、こちらが、まぁまぁ となだめる騒ぎになったこともありました。だったら、名前を変えればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、ここは負けず嫌いの僕としては、先々代にためされているような気がしているので、あえて変えておりません。
【N=僕 O=男性のお客さん(人生に疲れきった感じ)】
お客さんが冴えない、暗い顔をして玄関をくぐってきました。
N「いらっしゃいませ」
ここで色々と、チェックインの事を終わらせた後、お部屋へ案内していきます。
N「はい!こちらが今日、お客さんのお部屋になります!(元気よく)」
O「・・・・」
数秒間の沈黙のあと。
O「くず・・・かぁ」
N「そうなんですよー、まったく先々代が変な名前つけてしまって、嫌になっちゃいますよね(笑)
秋の七草の一つの名前なんで気にしないでくださいねー!(元気よく、はきはきした接客)」
O「はぁ・・・(ドンヨリ)」
その後、鍵のかけ方はこうで、チェックアウトの仕方など説明して受付に戻ってきたんですが、僕は内心とっても、ヒヤヒヤしていて、あのお客さん大丈夫かな?他の部屋に変えとけばよかったかなぁとずっと気にしていた矢先っ!
コンコン。(ドアをたたく音)。か細い声で「あの、すいません。。。」という声がしました。扉を開けるとそこにいたのは、先ほどのドンヨリしたお客さんの姿が。
N「どうしました!?」(内心ドキドキ)
O「あの・・・、すいません。。。部屋の中に鍵を置いたまま、鍵をかけて出てしまって・・・」
N「あっ!大丈夫ですよ、すぐ合鍵持ってきますね!」とすかさず対応。
僕は鍵を持ってきて、お客さんに手渡しました。その合鍵に書かれていた「くず」という字をみて、お客さんが僕に一言。
O「やっぱり、僕は クズなんですよね・・・」
ここで1秒か2秒くらいの「間(ま)」があったんですが、この時の間は、時空を超えてゆくようなもの。「永遠と書いてトワと読むの、間(ま)」と呼ぶことにしましょう。そんな長い長い長いあいだ、だったと記憶しております。ですが、お客さんの様子を見ると 顔はクスッと、何か いい顔をしていたのを思い出します。一泊して、お客さんが次の日にチェックアウトしたとき、僕に言った一言。
O「また来ます。そのときは、あのクズのお部屋で!」
相変わらず生気はなかったものの、その瞳の奥には、俺は、これからやってやるぞ。みたいな、輝きが確かにあったのを忘れません。不思議な事に、この「くず」のお部屋だけ 他の部屋より圧倒的に、中に鍵を入れたまま、鍵をかけて出てしまう、そして、変わらず合鍵を渡すという事が多いのです。先々代からこのように言われている気がしてなりません。「くずの部屋で、芸を磨け!」と。
「くず」のお部屋があるかぎり、僕は、常に「間」がぬけない。そう、真面目に「間、抜けにならないように」しないといけません。