バーのカウンターの中にいると、いろんな人がお店に来るもんだから、いろいろな景色が見える。たまに見かけるのが、お酒がまったく飲めなくて、申し訳なさそうにしている人。オーダーに伺うと小さな声で「ソフトドリンクはありますか?」と眉をひそめながら聞いてくる。そして、すかさず一緒に飲みにきた人は「え? ここにきといて飲まないの!?」と圧をかけるような人もいる。もちろん悪気があるわけじゃないんだけど。
あたらめて一度考えてみたいことがある。「バーってお酒飲めなきゃ行ってはいけないところなのか?」。お酒が飲めない人、そんなに強くない人でも、堂々と楽しめるような空間だといいなぁ。お酒が飲めると強者、飲めないと弱者、みたいな力関係は必要もない。もっと“開けた”空間として、ただバーでの時間を楽しめたらいい。その解決策はないものか。
「Mocktail」というカクテルがある。これは「mock(まがいもの)」と「cocktail」の造語。つまり、ノンアルコール・カクテルのことを指す。近年、海外のバーでMocktailをメニューリストに取り揃えはじめた。やはり、飲めない人でも空間としてバーを楽しんでもらえるように。そして、飲むならただのソフトドリンクでなく、あくまで“大人の”ノンアルコール・カクテルなのだ。バーテンダーたちのクリエイティビティも楽しむ対象だ。このMocktail分野においては、まだまだ発展の余地がありそう。若者のアルコール離れの問題にもとてもリンクしている。各地域にある素材とのコラボレーションもできる。
よく勘違いされやすいけど、お酒を提供するのがバーでなく、心地よい時間を提供するのがバーであって、その空間をつくりあげるのがバーテンダーの役割だ。カクテルをつくるなんざ、仕事の1~2割程度のこと。Mokctailはひとつの手段でしかないけど、お酒が飲めない人に対して、心地よく過ごしてもらうための提案ができないのは、バーテンダーとしての怠慢じゃないかなぁ。もちろん自戒を込めて。
違った畑の話になってはしまうが、京都のとある唐紙師に教えてもらった言葉がある。「変わらないために変わり続ける」ということ。バーという空間は、きっと昔から、心地よい時間が流れ、酔える会話を生んできた。お酒を飲む場所であっても、お酒を飲むこと以上の体験がある空間だったに違いない。それが変わらないもの、変えてはいけないものとするならば、お酒を飲まない人、飲めない人が増える今の時代にあわせて、Mocktailような動きは必要だ。変わり続けなきゃ。
バーテンダーはお酒を扱うのでなく、人の記憶を扱うしごと。それを忘れちゃいけないと思うんだ。その一杯は一体誰のためだろう? バーテンダーの武器はカクテルなんだけど、どんな仕事であれ何らかの商品・手段をつかって人の記憶を扱うはずだ。あ、そう考えると仕事のエッセンスは同じか。ちなみにぼくが一番好きな飲み物(お酒含め)は、コーラです。何杯でもイケます。