もし、会った人一人ひとり質問を投げかけてもいいのなら、聞きたいことがある。それは、
「あなたにとって、特別な一杯はありますか?」
特別、というと少し頭を悩ませるかもしれない。思い出に残った飲みものはあるか?という質問に変えてもいい。うーーーんと考えるよりはパッと思い浮かぶものがよい気がする。
ぼくの場合、特別な一杯は「Gin Tonic(以後ジントニック)」。今では居酒屋でもメニューオンしてて、どこでも飲める。しっかりしたものを飲みたければ、それなりのバーでぜひ。不動の地位を築いており、今では世界的にみてもカクテルの定番。もはやジントニック様様なのだ。ちなみに、知ってる人も多いだろうけど「Tonic=元気づける」の意味もあって、やはりジントニックはみなぎる系のカクテル。
なぜ、ぼくにとってジントニックは特別なのか? それは、ジントニックの存在とその作り方にある。飲む人にとってはカジュアルな飲みものだけど、実はジントニックは“バーの顔”と言われるほどバーテンダーにとってはシビアなカクテルだ。ジンとトニックとライムと、材料も非常にシンプル。だけど、ジンはどんな銘柄を使って、ライムをどう使うか(あるいはレモンか)、トニックの注ぎ方だったり、お店毎に哲学が違う。ジントニックは、バーテンダーにとって存在がそもそも特別。
次にそんなジントニックに対する緊張感のなか、バーテンダー見習いだったぼくがジントニックづくりで手こずったのは、炭酸を殺さないテクニック–氷をグラスに入れてまず軽くステア。グラスを冷やして、溶けた分の水は切る。そしてジンを適量注いで、その次にトニックをさらに注ぐ。下に溜まったジンと後から加えたトニックがバランス良く混ざり合うようにつくる。ただ、強く混ぜ過ぎると炭酸が死んでしまう。飲むときのシュワシュワ感が失われて、美味しさを欠く。
そんなテクニックを、師匠のカクテルづくりを視て真似て自分のものにしようと、必死にもがいていた。その苦悩の一つひとつをジントニックを飲むたびに思い出す。それにリンクして頭に浮かび上がる「バーテンダーはとにかく磨け」は今でも胸に染みる師匠のことば。初心を振り返る一杯としてもジントニックは特別だ。
自分の記憶と向き合い、大事なものをふと思い出せる一杯。ぼくにとってはそれがジントニックだけど、他の人にとっては何だろう?そして、どんな思い出と共にあるんだろう?と気になってしまう。冒頭にあった質問を投げたい理由はそこにある。
その一杯に想いがあれば、心はゆらゆら揺れ、「飲む」その行為ひとつが含みを持つ。そうやって、時折、人は舌でお酒を味わうふりをして、心で時間を味わうんじゃないだろうか。これこそ、人のつくりあげた文化と言えるのかも。お酒をつくる人は、そういう人の記憶を見逃しちゃいけないよな。と自戒を込めながら書いた。ちなみに、別れ話をした思い出もこびりついてるのがジントニック。孫まで伝えたいカクテルの小噺がまたひとつできた。