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2F/当番ノート

第一回 自己紹介とバンドネオンとタンゴとフランスとモサリーニをめぐるあれこれ

当番ノート 第18期

初めまして、バンドネオン奏者の早川純という者です。
アルゼンチンタンゴを主に演奏しておりますが、つい数日前からフランスはパリに来ております。
「アルゼンチン」タンゴなのになぜにパリ?というお話はおいおいしていくとして、
こちら、「アパートメント」への執筆は初めてとなります。知人を通じて執筆のご依頼を頂きましたが、初めは何やら不動産関係の勧誘かと思いました。
今回、一回目の記事という事で、自己紹介がてら ユルユルとお話して参ります。
毎週ノルマを持ってのブログ更新なんて、とうに忘れ去られた自分のブログですらやったこと無いので心配ですが、どうかお付き合い下さいませ。

そもそも「バンドネオン」って何? という方が多いのではないでしょうか?
「バンドネオン」はズバリ、楽器の名前です。
こーんな楽器 ↓

772px-Bandoneon

バンドネオンは1840年代に、ドイツの片田舎カールスフェルトという街で生まれました。
発明者がバンドさんというお名前だったそうで、自分の名前を楽器に付けたわけです。
発明者や発見者が、その物に自分の名前を付けるということは良くありますね。
サックスさんが発明したサックス。ハレーさんが見つけたハレー彗星。ベルさんが発明した電話などなど。新種生物や病気の名前なんかもあったり。
じゃあ、「ネオン」は何の事よ?という話になるかと思いますが、それはアコーディ「オン」的な、なんか接尾語?的なものと解釈下さい。

さて、このドイツで作られたバンドネオンは、元々はタンゴの為に作られたわけではないんです。そもそもタンゴがアルゼンチンに興ったのは19世紀の終わり頃ですから。
バンドネオンは、田舎町の小さな教会で賛美歌を伴奏するのに使われたり、お祭りなどで歌や踊りの伴奏をするのに使われていました。
そんな楽器が、なぜアルゼンチンに持ち込まれたか、なぜタンゴに使われるようになったか、ハッキリした記録は残っておりません。一言で言えば、「ロマン」ですな。

アルゼンチンは移民の国。ヨーロッパから、沢山の男達が夢を追い求めて海を渡りました。
港町ブエノスアイレスに降り立った男達。ある者は金と栄光を手にし、またある者は挫折し落ちぶれることになります。そんな男達を慰めたのは、港町の一角にあるいかがわしい酒場や娼館でした。場末の店で、酒を飲み女達と踊り、、オトナな夜を過ごす事で、自分を慰めていたワケですね。
「タンゴ」は、そんな踊りそのものであり、その為の音楽だったわけです。
元々は憂さを晴らして辛さを忘れるようなスタイルの陽気な音楽でしたが、徐々に移民の哀愁を表現するような、男と女のドラマを体現するような、色気と影、激しい情熱を帯びた音楽へと変わっていきました。そんな音楽の魂となったのが、「バンドネオン」なわけです。
バンドネオンの音には、深い哀愁と狂おしい情熱、清廉な救いが全て内在しているように感じます。それを引き出せるかどうかは,演奏者の力量によるわけですが。。

どうです?ちょっとくらい興味出てきましたか??音を実際に聴いてみたい、とか思いませんか???
昨今、日本にはコドモ向けのエンターテインメントやら音楽やらが溢れております。
でも、バンドネオンの音は間違いなく「超」オトナの為の音です。
いや、元々はドイツでもわりと朗らかな音楽を演奏していたんですが、タンゴと共に発展する中で、そのアダルトな魅力が開花したワケです。

さて、話がスタートに戻って参ります。

「アルゼンチンタンゴって言うくらいなもので、なんで早川さんはアルゼンチン行かないわけ?なんでフランスなの?ただのミーハー?」

違うんです。フランスには、世界一のバンドネオン奏者が住んでるんですよ、ホントの話。

アルゼンチンタンゴの、100年余りある歴史。ジャズの歴史とも被る感じですが、
まさにジャズが大きな発展を遂げて来たように、タンゴも大きく変化してきました。
色々なスタイルや編成の音楽が生まれ、時にはクラシック時にはジャズ、他のジャンルからも影響を受けながら受け継がれてきたタンゴ。その歴史の中で、最も盛り上がった時代の一流バンドのメンバーとしてキャリアを積みながら、政変の危機を経験してフランスに亡命し、ヨーロッパで新しい伝統を築いてきたマエストロが存在するのです。
その名も フアン・ホセ・モサリーニ!!

彼の演奏には、クラシック音楽における巨匠演奏家に通じる芸術性があります。
温かい人間味と、祖国を去らざるをえなかった深い苦悩、そして芸術的な表現が共存しています。
全く、一体誰が場末のバーで生まれた音楽が、芸術にまで昇華されると想像できたでしょう?

というワケで、僕は日本で演奏活動をしてきたキャリアをとりあえず置いておいて、
そんなモサリーニ氏の元で、もうちょっと勉強したいなーと思ったのです。
去年の11月から、今年の7月一杯まで、一時帰国をちょこちょこ挟みながら9ヶ月ほど滞在しましたが、あんまりに楽しかったので(学ぶ事が、ですよ!!女の子がカワイクてとか、ワインが超安くてウマい、とか、そういうんじゃないですからね!!決して!!)、もうちょっと勉強期間延ばしちゃおうかな、或いはもはやフランスで活動しながら生きていこうかな、なんてことを考えているのであります。

さてさて、第一回の記事はこんなところで終わろうかと思います。
僕が活動してきた事とは全く無関係に、密かに書き綴ってきた詩でも(!)ここぞとばかりにご披露しようかとも考えましたが
根が真面目なもので、とりあえず先ずは自己紹介、そしてこの不思議な魅力を放つ楽器のことを少しでも多くの人に知って頂けたらと思い、書かせて頂きました。
詩はまたの機会に。。。

最後に人間国宝、モサリーニ氏の演奏の動画を貼付けて、お開きとしたいと思います。
日本では公開されなかった、とある映画に俳優として出演したモサリーニ氏。
バンドネオンに魅せられた男の子がプロの演奏家を目指し、遂には夢を叶えて最後にコンサートを披露するクライマックスのシーン。
生演奏の魅力の100分の1も伝わらないかとは思いますが、モサリーニ氏の温かくも凛とした音楽が、バンドネオンを通して息づいています。ご堪能あれ。

早川 純

早川 純

バンドネオン奏者。作・編曲家。
新しいタンゴを創出するユニットTango-jackと、古典タンゴの再評価を目指すユニットTango Azulを主宰。菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールのメンバー。
現在日本とフランスを行き来しつつ、バンドネオンの新たな可能性を模索している。
2月25日(水)、一時帰国のタイミングで、主宰するTango-jackというバンドのライブを予定している。聴きに来るべし。

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