“私、考えるんだよね。欲しいものは手に入ったなって。好きな仕事でしょ。ボーイフレンドでしょ。この町もしっくりくる。
“……でも何かひとつ、たぶんあとひとつなんだけど、足りない気がする“
その言葉たちを聞いたとき、パズルのピースを集めているみたいだなと思った。
今をずっと続けられれば、それで幸せだと思うんだ。それじゃいけないのかもしれないけど……”
◎
これが大切だと思うものを、ひとつずつ集めて並べてみる。
時間とともに増えていくようで、
手の平からこぼれてしまうものもあるから、
もちろん全部とはいかないのだけれど、
「からだひとつ」という枠のなかに収まる組み合せ。
その言葉に会った旅の後から、ついこの前まで続いていた暮らしの中の、
組み合せが好きだった。
書く仕事を中心に、軌道に乗りはじめたフリーランス業。
東京の自分の家にいる時間と、仕事で旅に出ている時間が半分ずつの暮らし。
仕事場や実家からの程よい距離に、パートナーと借りた家があって
時折、気心の知れた仕事仲間や、友人たちが集まってくれる。
隣には毎日元気いっぱいのちびっこたちが住んでいる。
緩やかな坂を下ると、日々景色が変わる公園に入る。
そこには毎日一杯のコーヒーを飲みに行くコーヒー屋さんがある。
暮らしの中に好きを見つけて、好きを作っていく。
ぴた、ぴた、とピースがはまっていく感覚があった。
“今をずっと続けられれば、それで幸せだと思うんだ” そう何度も思った。
“それじゃいけないのかもしれないけれど”
◎
季節が変わるたびに、周りの景色は変わっていった。
紅葉、雪、梅、花粉、桜、雨、深緑、線香花火
向かいに新しい家族が引っ越してきた。
仲良しの友人夫婦には、はじめてのこどもができた。
喫茶店のメニューには、新しくひとくちサイズのクッキーが加わった。
松ぼっくり、椿、梅、花見、あじさい
四度目の梅雨が明けようとするころ
パートナーが「旅に出よう」と言った。今度は一緒に。
◎
変化が足下で起ころうとするとき
欠けているピースが、こっちにおいでよと
誘ってくれることがあるみたいだ。
色々とアイディアを出し合った末
私たちは暮らしながら旅をすることにした。
私はその都度どこかにアパートを借りて暮らす。
そこを拠点に彼は旅をする。ときには一緒に。
最初に行く先をメキシコに決めて、
オアハカという町に暮らすことを選んだ。
そこには、できることなら人生を
ずっと側で暮らしたかった親友が住んでいた。
自分の仕事や家族、恋人の都合で
住む町を選ぶ人はたくさんいるだろうけれど、
親友の近くに住むために引っ越しをするというのは、上手く説明できなかった。
でも時間をかけて「好き」を集めた東京の生活で、
あとひとつ、たぶんひとつだけ足りないものがあるとしたなら、その人の存在だった。
その人と一緒にいることでしか引き出されない、私の側面でもあった。
◎
“何かひとつ、たぶんあとひとつ、足りない気がするの“
5年前に聞いた話に、私は当時こんな文章を添えている。
その足りないピースを見つけたとき、彼女のパズルは完成するのだろうか。
……あるいはパズルの完成なんてそもそもあり得なくて、
その足りないピースをつかもうとした手が、
また新しくいろんなものをつかんだり、手放したりするんだろうか。
パズルの完成なんてないんだなと、今は思う。
あとひとつ欠けているものに手を伸ばすために、バズルを持ち上げたら、
いくつかのピースがバラバラと外れていった。
東京で作った暮らしの光景だけじゃなくて、
きっと人も仕事も少しは外れてしまった。
◎
「友の近くで暮らしたい」
そう伸ばした手が触れた新しい生活は、
それ以上のところに、ぎゅんと私を引っ張っていく。
新しく出会う「好きなもの」「書きたいこと」。
違う国の言葉を話すときに、自分の中から飛び出す表現。
何年も前に日本で暮らすことを決めたときに
「からだひとつ」の枠から欠け落ちたいくつかのピースたち。
親友の作った新しい家族
0歳の息子くんのくるくると変わる泣き顔と笑顔
4歳の娘ちゃんの妄想ごっこ
彼らが私に問いかける、家族をつくるということ
新しい町に、新しい景色の中に、
いままでそこになかったピースを見つけては、
どこにはまるかを考える。
オレンジの家、ブルーの寝室
インコ好きの大家さん、道売りのお姉さん
子どもと店番する果物屋のおじさん
死者と踊るお祭り、図書館の隅の机
遠くなってしまった東京の家族、
メールとスカイプでしか話せない仕事仲間たち…
からだひとつ、こころひとつの中に、収まるように…
◎
これは旅だから、やがては日本に帰る。
一回手放したピースはもう手に入れることはできないし、
ここで見つけたものたちを、
全部新しい暮らしにはめることもきっとできない。
でも、自分の枠は広げることができるかもしれないな、と最近思う。
あたらしいデコ、にボコがはまって、そのボコに、またデコがはまるように。
3歳のときには12ピースのパズルが精一杯だった私たちが、
今なら1000ピースのパズルに挑戦できるように。
だから新しい景色を前に、私は柔軟体操をする。
からだひとつ、こころひとつが、少しは広がるように。