入居者名・記事名・タグで
検索できます。

2F/当番ノート

パンティストッキング男へ捧ぐ

当番ノート 第34期

005-0831-fin
私はごくたまにライブハウスへ行きます。
特にそこまでの音楽好きと言う訳ではないのですが、大きな音を、そしてソレをひねり出す人達を見るととても愉快であるからです。しかしライブハウスは苦手です。なぜでしょう。さあ、わかりません。ここは自分のいるべき場所ではないと思うのでしょうね。とにかく苦手なのでライブが終わったら一目散で出口へ向かうのが常です。

私の信用する友人がこんなことを言っていました。「ライブハウスへ行って、これからどんなことが始まるかは始まってみないとわからないのだけど。そのハコに集まったお客さんの顔や年齢やファッションを見れば、これから出てくるバンドがどんなことをやっている人達なのかなんとなくわかるんだよ」と。
私はその言葉を聞いて以来、ライブハウスに来ている人達の顔やファッションを眺めてニヤニヤしたり、イライラしたりしながら、これから始まるであろう時間について思いを巡らせるようになりました。

それでなんだっけ。
そうそう。
○月×日。雨の中、靴とロングスカートをびしゃびしゃに濡らしながら六本木のライブハウスに向かいました。その日はノイズアヴァンギャルドの天使のような灰野敬二と若い2、3のバンドがが出演するイベントでありました。
いつも通り会場を見回すとスカジャン、ベレー帽、ライダース、チャイナドレス風のスカート、テクノカット、ドクターマーチン、MA-1、真っ赤な口紅、テクノカット、そしてテクノカットと、若いファッショニスタで溢れていた。
私の信用する友人はこうも言っている「ライブハウスにはとびきりのお洒落をして行く所だ。とびきりのお洒落をして、どれだけ煙草の煙を浴びても、モッシュにあっても、汗を永遠にかいても、それでもジャケットや革ジャンは脱がない。そういう所なんだ。フェスとかいうので首にタオルを巻いている人達を見ると僕はげんなりとしてしまうよ」とも。
私はそのライブの日当日バイトへ行くのに寝坊をして10分で家を出たために髪はチンチロ毛同様、顔中ニキビ面、つか限りなくすっぴん、ロングスカートは雨でびしょびしょ、薄手のダッフルコートは毛玉だらけでちんちくりん。「私もお洒落がしたいなあ。キレイでいたいなぁ」などと思って会場を見回していると一人ひと際目立つ男の後ろ姿を発見。
後姿を見るに50代後半に見える。若い男女が多い中でソロ石原軍団みたいないでたちとその違和感の存在。
気になる。
そんな重々しい黒いロングコートはどこで手に入れたんだ?
くるぶしまであるぞ。
なぜそんなに襟をたてているんだ?
つかそんな重そうなコートいい加減脱げばいいじゃないか。
昔の医者が持っていたような黒い硬そうな鞄には何が入っているんだ?
違和感のあるその男は若い女の子に積極的に話しかけ、酒を奢ったりなどしてる。
私はその男に興味があった、その男へ近づいて顔を覗き見た。
その男の顔は四角かった。
髪の張り付き方、目が離れてつり上がっている様、口が横に大きく伸びている様が、まるでパンティーストッキングを被っているようだと思った。過度な表現でなく本当にパンティストッキングを被っているんじゃないかと思ったんだ。
パンティーストッキングの男。
頭の後ろが絶壁だった。
かわいい女の子に「若い子に是非灰野さんを見てもらいたくてね~」とカエルを踏みつぶしたような声で話しかけているが、女の子は「それじゃあ」と愛想良くそのパンティストッキングを被ったような男から離れて違う所へ移動した。

若いバンドAのライブが始まり演奏が終わる。次のバンドまでの小休憩。
私はソファに座ってすこし離れたところからパンティストッキングの男を見ていた。私のソファの横にショートカットのよく似合った姿勢のいい外国人女性が座った。なんとなくドイツ出身じゃないかな~となんの根拠もなく思う。そしたらそのショートカットがよく似合う姿勢の良いドイツ人っぽい女性を目がけてパンティストッキング男が歩いてきて、その女性の隣りに座った。ソファに私、女性、パンティストッキング男というような順番である。そしてまたカエルを踏みつぶしたような声で目を尖らせてこう女性に話しかけた。

「ドォー ユー ライク ノイズ ミュージック?」

パンティー男は英語が得意なようで、その後も女性と話し込んでいた。何やら話し込んでいたが、パンティー男の声ばかり聞こえて女性の声は私の耳まで届いてこなかった(英語がわからないからではあるが)女性がどんな表情をしながらパンティー男と話をしているか怖くて見れなかった。女性も楽しそうに話していてほしい。そう願った。そしてカエルパンティー男は女性にビールを奢った。その時一番近くで顔を見てみたが、本当にパンティストッキングを被っているみたいな顔だった。

次の若いバンドBのライブが始まる。ショートカットの女性は立ち上がり少し前方へ、ついて行くようにパンティー男が立ち上がり少し前方へ、

バンドBのライブ中、モーゼよろしく人をかき分け白髪をゆらしながら灰野さんががに股で歩いている。途中で灰野さんがバンドBとのセッション参加するためだ。
その時に視界に入ったパンティー男の笑顔。
パンティストッキングで引っ張られて圧のかかっている顔のパーツを力ずくで顔の中心に寄せ集めたような笑顔だった。
かったるそうに灰野さんが年季の入ったえんじ色のSGを肩から下げた。か細い足を舞踏の様に蹴り伸ばして床のエフェクターにタッチしてギターを引っ掻いたと同時に音が飛び出た。
音が飛び出た。
音が飛び出した。
いや飛び出したのか?
音が飛び出したということにしておいて、
その音と同時に私の目にこの上なく奇妙なものが映った。
パンティーの男であった。

灰野さんのギター作用でパンティー男はこの瞬間この世界で最も奇妙なダンスを踊っていた。
身体を揺らしていた。
頭を揺らしていた。
関節という名の関節全てを使ってのダンス。
ダンスなのか。踊りなのか。なんなのか。
頭から被ったパンティストッキングをまるで巨人が天井から掴んでぐいんぐいんとひっぱて、引きづり回して、その振動でこの上なく奇妙にグラングランしているようにしか見えなかった。
やはりあやつはパンティストッキングを被っていたのだ。
それを今、目に見えない巨大な力によって引っぱり上げられているのだ。
だので、身体が四方八方よくわからぬ方向に曲がり浮かび跳ね上がっているのだ。

世界で一番気色のわるいダンシンであった。
同じ人間とは思えぬ動きであった。

しかし私はそのダンシンに、深く感動していた。
目が離せなくなっていた。
素敵じゃないか!と思った
この世界でもっとも気色の悪いパンティストッキングダンシン。
しかし同時に美しく、尊く、誇り高きダンシン。
パンティー男、あなたのそれは「自由」というものですか?

愛しい
私もあなたのようにダンシンしたい。

namazu eriko

namazu eriko

1985年、八ヶ岳出身。
神奈川県在住。
絵/テキスト/デザイン
たまに酒場のカウンター

8月は荒木町アートスナック番狂せのグループ展「八月、番狂せ、カレーとTシャツの庭」に参加しています。

Reviewed by
木澤 洋一

namazu erikoさんの連載第6回目。今回は1人の途方もなく高貴な男の話だった。

執拗なパンティーストッキング、パンティ、の繰り返し、男の発する象徴的な何かの啓示のような言葉、とにかく最高に面白くて何度か読んだので、最後には行が一行空いてるだけで爆笑してしまっていたんだ。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る