コロンブスが、新大陸を発見したように、
間宮林蔵が、樺太が島であることを発見したように、
ブルース・チャトウィンが、オーストラリアで見えない道にソング・ラインを見出したように、
中学1年の私は、退屈な社会の授業中、
帝国書院地図帳の巻末索引で、ンジャメナを発見した。
あいうお順に並んだ、都市や山や川の名前。
日本の部は、【あ】で始まり【わ】で終わる。
海外の部を、続けてパラパラと見ていくと、
【ア】で始まり【ワ】で終わ・・・らないで、【ン】がある!
ンで始まる言葉が、この世の中に存在する!
自分史上最大の大発見を
大海原を船に揺られることもなく、
ロバや馬の背に揺られることも危険と背中合わせの冒険をすることもなく、
教室の机の上で(偶然に)(先生の授業から逃避して)成し遂げてしまった、私。
わー!ミユキやユキに話したい!教えたい!でも授業中〜。
……と、舞い上がるほどに軽いコーフンを覚えたのは、
たしか当時、同じ小学校から中学に進んだ友人たちの間で
動物限定とか、歌の題名限定とか、そんな第2次しりとりブームの波が来ていたから。
【ン】のカードさえ持っていれば、
たとえば私が「き、き…きりん!」しか思いつかない状況の時にも
次の番の友人に耳打ちして「ンジャメナ」を教えたら、私の負けは回避される。
たとえば、小五の春に、県庁所在地(都会)から転校してきた
好感度高めのMくんの番で、彼が思わず「ライオン」と言ってしまって負けを宣告される寸前に
「ンジャメナ!」と返して、彼を窮地から救うこともできる。
そんな妄想シーンが実現したかどうかは、まったく覚えていないのだけれど、
「いままで生きてきた世界のルールを覆すような、新しいなにかが、ここにはあるらしい」と
アフリカ大陸への興味が次第に募るようになっていった。
(その後、父親の買い置きから1冊勝手に持ち出したスクラップ帳に、アフリカ関連の新聞の切り抜を始めたのだった)
ンジャメナは、アフリカ大陸のほぼ中央部、チャド共和国の首都でありまして、
その後、ンゴロンゴロ火山や、ンデベレ族など、ンで始まる言葉の世界が
アフリカにはけっこう存在していることを知る。
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こんなエピソードを思い出したのは、
今年の春に、書店で目にした1冊の雑誌を買ってから。
その時は、いえ、その時も、私は疲れていて、移動の途中で立ち寄った書店の雑誌ラックに
「美しいアフリカ」の文字が躍って、思わず手にしてしまったのだった。
先生の目を盗んで地図帳の巻末を眺めるという小さな冒険の果ての
小さな発見のように、それこそ文字通り、胸が踊るトピックを期待して。
パラパラとめくってみたけれど、広告と一緒にアフリカ大陸もカタログになってしまった誌面からは
「いままで生きてきた世界のルールを覆すような」発見も叶わず、
窮地に陥った負け組が、一転して救われるような切り札もなかなか見つからない。
それはそうだ。雑誌編集者のせいでも若く美しい写真家のせいでもない、
ここは、おとなのシャカイで、そこで、そこそこ売れてる商業誌の世界なのだから。
使い古されたルールや、そういうものだという諦めにも似た暗黙の了解に対して
こんな道もあるんだよ!こんな解決策もあるんだよ!と切り札にできるカードは、
お金を払って買えるものでもないし、偶然掘り当てることもない。
ゆっくりゆっくり自分で探していくしかないのだ。
せっかく思い出したのだから、時々魔法の言葉として唱えてゆこう。
大丈夫。私もあなたも、まだ負けないよ、終わらないよ。
ンジャメナ!