はじめまして、金曜日の当番ノートを担当します、さいとうです。
今回の連載では星座とそれにまつわるギリシャ神話のお話をベースに、さまざまな人間模様について少し立ち止まって考えてみようと思っています。
なぜいまさらギリシャ神話か。それは自身の幼少時代の記憶にさかのぼります。
関東とは思えないほど田園風景の広がる地域の生まれなのですが、少ない地元自慢のひとつは満点の星空が見えることでした。天体観測が趣味の母は、夜になると幼い私を外に連れ出して星座の名前を教えては、由来するギリシャ神話の本をよく読んでくれました。おかげで大体の星座を言い当てられるようになりましたが、地元を離れてからは都会暮らしが多くなり、最近は星の数の少ない夜空しか見ることができていません。
昨年娘を出産したのをきっかけに、自分の幼少時代を振り返ることが増えました。母との天体観測を思い返すと、満点の星空という恵まれた環境がないと、同じ事を娘にしてあげるのはとても難しい。この便利な時代、大体のものは場所に限定されずに手に入るのに、それに本当は空を見上げれば星はどこでもあるはずなのに、都会で満点の星空を手に入れるのはかなりハードルが高いと最近気付きました。
ではどうしたらいいだろう。ないものを嘆くのではなく、都会で見える少ない星からでも、星座を知るにはどうしたらいいだろうか。田舎に出かけて星がいっぱい見えたら、「ほら、あのお話の星座だよ」と語れるようにできないか。そのためにも、もう少し娘が大きくなったら、日本昔話や童話と同じようにギリシャ神話を語れるようにしたい!というのが、今回の連載を機会に復習しようという超個人的な動機です。
ギリシャ神話に登場する神様たちは人間以上に人間らしい感情にあふれ、神としての甚大な力を使って人間を巻き込んでは運命を狂わせます。下界の人間は神の力を前にとても無力ながらも、それぞれの業や運命を背負い、強く生きる姿が描かれています。そして、どろどろとした神様対神様、神様対人間の関係の結果生まれるのが星座です。神話という形ではありますが、実はややこしくて面白い人間模様を描こうとしている人間賛歌の物語ではないかと思っています。神話というと少し敬遠しがちですが、肩の力を抜いて触れるきっかけにしてもらえたら嬉しいです。
前置きはこれくらいに。第1回は、もうだいぶ西の空に移ってしまった冬の星座の代表格オリオン座から。すっかり春ですが、許してください。
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オリオンは海の神ポセイドンの息子で、背の高い美男子でした。少し粗暴な性格が玉に瑕ですが、狩りの腕がとても良く、ギリシャで一番の腕と言われていました。月と狩りの女神であるアルテミスは彼に目にとめ、オリオンを狩りのお供として連れ歩くようになりました。次第に、まるで恋人同士のように仲良く狩りをする2人の姿が人々の噂になるようになりました。
アルテミスは純潔を司る処女神でもあり、生涯独身を貫く使命を与えられていました。双子の兄であるアポロンは2人の関係をよく思わず、彼女に直接問いただしました。しかし、彼女は「そんなくだらない噂を信じているの?」と、笑ってはぐらかしました。
ある日、アポロンはオリオンが海を歩いている姿を見つけました。オリオンは海の神である父親から、特別な能力を与えられていました。アポロンはオリオンに気付かれないよう、彼の頭を光り輝くようにし、アルテミスの元を何食わぬ顔で訪れました。そして「いくら狩りの神であるお前でも、あの海の中に輝く小さな光を射貫くことはできまい」と挑発しました。憤慨したアルテミスはまさかそれがオリオンだとはつゆ知らず、海面の光を見事射ぬいてしまいました。
その後、オリオンの遺体が見つかり、自らの矢で彼の頭を射ぬいて殺してしまったと知り、アルテミスは嘆き悲しみました。父親のゼウスに彼を蘇生するようお願いしましたが、死者の復活を認めることはできません。ゼウス神は代わりにオリオンを星座にし、娘のアルテミスを慰めました。
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オリオンはどうやら人気だったようで、王女を手に入れるために猛獣退治する話やさそり座関係の話など多くの物語がある。今回はその中から、女神アルテミスとの話を取り上げた。もはや主役はオリオンでなくアルテミスかのような話だが、純潔を司る女神がひとりの人間の死をひどく悲しみ、どうにか生き返らせようと奔走すること、それも人間の男性を好きになるなんて大事件で、ギリシャ神話的には結構なスキャンダルの話である。
アルテミスは処女神という自らの立場をある意味うまく使い、兄アポロンの疑いに対し「好意を持っているわけないじゃない」とかわし、それでこの一件は解決したつもりだったのだろう。しかしアポロンの疑いを晴らし、彼女の言葉をそのまま信じてもらうには十分でなかった。では詳しく説明すれば納得してもらえたのだろうか。言葉を重ねるほど嘘っぽくなり、かえって疑いを深めてしまう場合もある。きっとアルテミスがどちらの対応をしたにしろ、アポロンの嫉妬をおさめ、計略を阻止するのは難しかったのだろうと思う。
それならば、そもそも2人が噂になるのを避けるしかなかったとすると、アルテミスが男性と狩りを一緒にすること自体、ちょっと不用心だった気もする。彼女は現代的にいうと、恋愛禁止を掲げたアイドルのような存在だろうか。タブーを破った者への好奇の目はどの時代も同じようだし、ちょっとしたわきの甘さが彼女にあったことも、ちょっと厳しいけど否定できない。ワイドショーを盛り上げる話題を思い起こしてみると、外形的にタブーを侵したかどうかが問題であって、実際好意を持っていたかどうかに関し世間はさほど興味がないのではないだろうか。ただただ状況証拠をもとに勝手に解釈して騒ぎ立て、当事者の2人はどんどん置いてけぼりにされる。今回もアルテミスとオリオンが仲良くしているという外形だけが取りざたされてしまったのであって、当の2人が実際愛し合っているかどうかなんて、極端にいうとどうでもいい話なのだ。好意や愛情の度合いは計量化したり、他人に証明できないから仕方ないのだが、外野からの攻撃から自らを守るには、性悪説をもとに未然の策を講じるしかないのかもしれない。処女神のアルテミスなら、なおさらのことだ。
このお話では世間の噂がアポロンの計略を誘い、アルテミスは愛するオリオンを自らの手で殺めてしまうという社会的制裁以上の大きな代償を払う。はたしてゼウスが星座にしてくれたくらいで、彼女は本当に救われたのだろうかと思ってしまう。
お気づきかもしれないが、この物語ではオリオンがアルテミスをどう思っていたかは書き込まれてなく、よく分からない。人間のオリオンからすれば、神に思いを寄せること自体が畏れ多すぎるだろうし、現代の格差婚なんて比べものにならないくらい格差のありすぎるこの恋愛が、実際成立するのかどうかも怪しい。オリオンもアルテミスに女性としての魅力を感じていて、すでに両思いだったのかもしれないが、そもそも神に比べたら人間の感情なんてどうでもよく、言及にすら値しないのかもしれない。
例えそうであっても、今回ばかりは対等な2人であって、アルテミスの思いがほんの少しでも届いていたらと思う。自らの神としての使命を度外視し、ただ純粋に人間に恋をしたアルテミスがほんの少しでも慰められるように。
ご存じの通り、オリオン座は冬の星座の代表格で、冬の大三角の一角を担うくらい超有名な星座だ。明るい星が多いのでわかりやすいのもあり、始めに教えてもらった星座のひとつだったと思う。星座盤や本に描かれるオリオンの姿は、いつも棍棒を片手に持つ野性的なものなのだが、これまた勝手にクールビューティーのイメージがあるアルテミスが彼を愛したということが彼の魅力を証明している気がして、幼心ながらオリオンにいい男イメージを抱いた記憶がある。クールな美女とちょっと乱暴だけど強い男性のカップル。なかなか素敵な組み合わせではないか。
冬独特の空気の澄んだ夜空にオリオン座が見えると、いつもそこにある安心感からか、ふっと肩の力が抜ける。明るい星座のため、比較的どこでも見えやすいのも嬉しい。星座になったオリオンに慰められるのはアルテミスだけではないのだ。春になり、もう高い空に見ることはできなくなってしまった。少し寂しいが、次の冬もよろしくどうぞ。
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こんな感じで、いや、この感じが定着するのか自分でもよく分かりませんが、毎週ひとつずつ星座をとりあげていきたいと思いますので、お付き合いいただけると嬉しいです。ではまた来週。