小麦畑に囲まる偉大な広野。それこそが、スペイン巡礼。またの名をカミーノ・デ・コンポステーラ。熱射の昼下がり。かくも陽気な日差しを浴びて、風は体を透き抜けて、あぁ、どこまでも、吹いてゆく。ピュアな青空に、丸い雲が浮かんで。おや、涼しくなったな、と思えば、見上げてみる。そこに日除け代わりの雲が。雲に感謝するなんて、生まれて初めてじゃあないだろうか。
世界はこんなにも自由だったのか、思わずにはいられない。赤褐色の大地。柔らかくて、踏み出すたびに、心地よく。大地とはこんなに優しかったのですね。感動のベルは鳴り止まず、僕はここで、生きて、生きているんだな、なんて。あァ、幸せだなァ。こんなに幸せで、いいのかなァ。
昼の二時を過ぎれば、今日はここらで打ち止めにしよう。宿を見つけ、木枠のベッドにザックを下ろせば、街へと繰り出す。街、なんて言ってみたけど、ほんとは百人にも満たない村なわけ。石畳の上をサンダル履いてぷらぷらしてるだけで、この国の陽気さを感じられて。どんなに小さな村にだって、バーの一軒はあるもんだ。じゃなきゃ、どこで飲むって言うんだい。さぁ、入り口をくぐってこう言おう。
Uno cervessa.
(ビールを、ひとつ)
シィ、とチェックのシャツを着たひげの親父が言ったなら、表の、一番日の当たるテラス席に腰掛ける。そんで、いろんなことを考える。日本では、あんなことしたなぁ。苦しかったよなぁ。でも、でもよ。今は紛れもなく、ここに居るってわけ。それだけは間違いないのさ。分かるかい。
そら、親父がビールを持ってきた。栓はあらかじめ抜いてあるね。つまみにポテトチップなんかつけてくれて、ありがとうよ親父さん。ひしゃげたポテトを口に放り込むと、オリーブオイルの香りが鼻に抜けて、そいつをビールで流し込む。喉を滑り落ちる黄金の液体。ぐぁあ、たまんねぇよ、これ。
“Can I join?”
“Sure”
目の前にドカリとすわる白人の男。
「どっから?」
「フランス。君はサウスコリアか?」
「いいや、日本」
「わぉ、それはいい。なんたって、僕は、いやフランス人は日本のカルチャーが好きなのさ」
「そいつはどうも。僕はハヤテ」
「アヤテ」
「違うよ、ハヤテ。H’A’Y’A’T’E」
「ハヤテ」
「そうそう、完璧」
取りあえず、話は置いといて、ここらで乾杯を。
”Cheers!!”
弾け合ったふたつのビンが、スペインの太陽をキラリと反射する。そいつを一口ぐいっとやって、さぁ語り始めよう。
どうだい、行きたくなったろう?ヨーロッパは高い、だって?馬鹿言っちゃいけねぇよ。中国乗り継ぎとか、ドバイ経由で行きゃあ、往復七万といくらか、ってところさ。行けないわけないだろう。さぁ、飛び出して。そんな窮屈な世界。あんたが一番よくわかってるはずだぜ。そこにいちゃあ潰れちまう、ってことは。だからさ、
なんだよ、ウジウジ。行かない理由を並べ立てて、何がしたいのさ。
ならさ、心に聞いてみな。
違うよ、頭じゃない。きみの、きみだけの温かいハートにさ。
ほら、どうだい。答えは出てるだろ?
風を感じに
行こうじゃない。