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2F/当番ノート

最後の手紙(2018.7.29)

第39期(2018年6月-7月)

久しぶり。

今はどこにいるのかな?

こう聞くのもいつもどこか僕の知らない場所にいて、
一つにとどまることがないからね。

どこかで目を輝かせながら、
毎日過ごしているところを
想像しています。

僕はといえば、酷暑の東京にある自宅で、
フィッシュマンズを聴きながら、
この手紙を書いています。

東京の夏は過去に類を見ないほど毎日暑くて、
「命に関わるほどの暑さ」とも言われてるよ。
この間ソフトクリームを買って外に出たら、
ほんとうに一瞬の内に溶けてしまった。

日中はなるべく室内で過ごしていて、
暑さが落ち着く夕方頃に外へ出る、
という生活。

家にいるうちは大量にある写真の編集をしたり、
古い映画を見たり、画集を見たりしてる。
いつも過去に触れてるね。

少し前、空港近くの海岸通りを車で走っているときに、
これからのことを考えすぎるときがある、
と言っていたね。

漠然とした将来への不安がやってきては、
自分に覆いかぶさってくる。
曇り空は晴れることなく、
何もかもぼんやりする。
そう言っていた。

僕も同じように感じることがあるよ。
それでも最近は思うんだ。

もしそう感じてしまったとしても、
僕には君たちがいるし、
安心を与えてくれる。

いつかどこか遠く離れてしまったとしても、
仮にどこにいるかなんて分からなくても
世界中どこにだって会いに行ける、と。

いまは遠くにいるかもしれないし、
心細くなっているかもしれない。

それでも、大丈夫。
いつも見守ってる。

このことを伝えたくてね。

また会おう。
夏から秋に変わる、その隙間に。

※※※

この場で寄稿をする機会をいただいてから、
ずっと手紙を書いてきました。

誰かを想って、手紙を書いていて、
相手に届いたものもあれば、
届かなかったものもある。

それでも、誰かがこの手紙を読んでくれていて、
ある人は自分に届いたものとして読んでいる、
と連絡をくれ、とても嬉しかった。

こうして誰かに手紙を書いていると、思い出す手紙がある。

二十歳のとき、留学から帰ってきたその日に留学先で出会った人から届いたもの、
「あなたに会えてよかった、いつか大人になったときにまた会いましょう」と
短くそう書いてあった。

送り元の住所もなく、ただポストに入っていた。
不躾ながら優しさを感じたある手紙。

手紙には魔法の力がある。

届けた人と受け取った人の間にしか生まれない空気感が詰まっている。
そして、それを垣間見る人にその背後のストーリーを想起させる、
それは見た人のものになる。

テキストによるやりとりが日常的になってる現在だけど、
これをあなたが頭に浮かべた人に、
手紙を書いてみてはどうでしょう。

フィッシュマンズが言ってます、
「悲しいときに浮かぶのはいつでも君の顔だったよ」と。

またいつか、お会いできる日を楽しみしています。

haikei

inthemorning

haikei

haikei

ある手紙

Reviewed by
藤田莉江

自分に充てられたわけではない(はず)、という手紙と自分(ひとりの読者)という不思議な関係には、小説やエッセイを読むのとはまた違う、書き手の見え方があります。

自分に宛てられていないために、その詳しい内容はわからないところもあるのですが、内容により、その人と、本来宛てられたであろう人との間柄を想像し、その間柄へのアプローチが見えるために、今度は書き手の人物像が見えてくるような。

連載を通してhaikeiさんを少しづつ知り、手紙のもつ不思議な力(書き手が浮かび上がってくるということに限らず)がふわりと感じられたのではないでしょうか。

こうして、皆さんが読んでいるのはパソコンであったり、スマートフォンであったりするのに、手紙というものだからなのか、これも魔法なのか、なんだか肌触りが違って見えるのはなぜでしょう。

やはり、魔法、なのでしょう。

語りかけるような口調で綴られた親しい手紙には、たとえ宛てられた本人でなくても、何かを受け取ることができました。

散歩中に何かとてもいいにおいがしたり、洗濯物を干しているときに飛行機雲を見つけたり、電車の中で向かいの席の赤ちゃんの寝顔に癒されたり。

そういううれしいこと、は、偶然に受け取ったりするものですが、今回わたしたちが受け取ったのは同じような、偶然の幸せなのかもしれません。

偶然で偶然ではない連載の2ヶ月は終わってしまいますが、またいつか、届くかもしれない手紙を楽しみにしながら、わたしたちは待つことだってできるし、次は自分が誰かに手紙を書くこともできる。

そうすれば、手紙と同時に、そこには魔法も届くのだと思いますし、そこに手紙が届いたこともまた魔法であると、もうみなさんはこの連鎖をご存知なのではないでしょうか。



今回の手紙は、いつ相手に読まれるともわからないけど、いつか相手が「戻ってくる場所」にそっと届けられるのかな。
相手が手に取ったときにはもうすっかり冬だとしても、「遅くなってゴメン!」なんて、すぐに連絡が飛ぶようにくるんじゃないかな。

わたしは今回、喫茶店のカウンター席で、どうやら添える写真を選んでいる男性がひらいたまま机に置いた手紙を盗み読みしながらそう思った。

きっと、写真屋さんの帰りなのだろう、というあの紙袋がのぞくカバンの人の隣に、つい腰掛けてしまったのだった。

ああ、この手紙はいつ開かれるんだろう、と、勝手にワクワクしていることに、彼は気付かない。

添えられた写真は、彼のもつ雰囲気にどこか似ていた。

なんとなく、彼が喫茶店を出た後、彼が食べていたのと同じチーズケーキを追加注文してしまった。思っていたより今日がずっといい日になった。

またこんな日があるといいな、と思う。

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